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Ⅱ 同級生

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 1月25日
  • 読了時間: 6分

その日




稀依《きい》は人と会う約束で、電車に乗っていた




最寄り駅から数十分。改札を出て、駅ビル前になじみの顔を見つけて


手を振りながら近寄る




稀依の影に気づいた相手は、顔を上げた途端、


はち切れんばかりの笑顔を見せる




「稀依ちゃん!!久しぶりだね~!!」




「ほんと。久しぶりだね、咲音《さと》


あ、そうだ。遅くなったけど、結婚おめでとう!」




「ありがとう♪ね、さっそく、ランチしようよ♪どこにしようか~」




ちょうど小春日和で、暖かな陽射しの中、


キャピキャピしながら、駅ビルの中に吸い込まれていく2人




「…噂に聞いたんだけど、咲音の旦那さん、なんかすっごい有名人なんだとか?」




「ああ…うん///そうなの…」




「咲音の好きだった推しと言えば…もしかして…?」




さすがは旧知の仲だ。


恥ずかしそうに頬を染めながら、はにかむように頷く咲音に


稀依は羨ましそうな視線を向ける




「いいなあ~…どうやったら、そんな方々とお知り合いになれるのよ」




運ばれてきた水を飲みながら、盛大にため息をつく稀依






「稀依ちゃんの推しは…たしか…」




口元に手を当てて、う~ん…と考え込む咲音




「あ、あの…ラジオの人だったっけ?」




「あったり~♪正解♪そんな咲音さんには、マンゴーアイスを


差し上げましょう♪♪」




ニコニコしながら追加注文する稀依




「すごいねえ…ずっと好きだよね。」




「咲音もでしょ。推しを卒業する、とか、咲音には有り得なそう(笑)」




「稀依ちゃんこそ~♪でもさ、すべてがベールに覆われて謎な人だったよね?


どうなの?家族とか、奥さんとか、お子さんとか…いるの?」




「…うん。いると思う。でも良いのよ。ぜったい素敵な旦那さんだろうな~、とか


妄想だけで悶える(笑)」




「確かに♪妄想は良いよね(笑)稀依ちゃん、それでも絶対


卒業とかしちゃ駄目だよ。ずっと好きでいなくちゃ♪稀依ちゃんが


彼を好きじゃなくなったら、稀依ちゃんじゃなくなっちゃう。そんな気がするよ」




昔から、人を好きになると一途に思い続ける


お互いに似た者同士で、好きになる相手の好みがちょっとだけ


違うことに、ホッとしていたのも事実だ。




「…あ、ごめん。もうお店に戻らないと…稀依ちゃん、今日はありがとう♪


良かったらお店にも来てよ♪」




「うん。(´∀`*)ウフフ…今度、山岡教授にも会いに行くつもりだよ~。


ありがとね!」


「うん!是非是非~。じゃあ、またね~!」




駆け出して行く咲音を見送り、稀依は立ち上がる




(さて…)




来た時とは違う路線の電車に乗り、かの繁華街に向かうと


例のレコードショップに再び足を踏み入れる




(匡輝のサインが見れるはず…それと…)




隣に設置されている魔界貴族のブースを、改めて見上げる稀依




中央でポーズを決める金髪王子に


先程まで会っていた咲音の笑顔を思い浮かべて、感慨深げに


見つめていた




(咲音…本当におめでとう…昔からの夢が叶ったんだね…)




同じ机で教科書を広げながら、お互いの推しの話で


盛り上がり、いつも笑い転げていた…




かつての日々が懐かしく、涙まで浮かんできそうだ




「…あれ。お客さん…この前の」




ふいに声をかけられ、涙を誤魔化しながら振り向くと


前回来店した時にレジを担当してくれた店員―桜介だった




「惜しかったねえ~。あの時、ほんの数分後に突然だったからさ」




「あ!そうでした…その時のサインを見に来たんです♪」




「…本当に好きなんだねえ…。でもやっぱり、若い子だし


魔界貴族も好きなんだ?」






万感の思いで眺めている稀依の様子を汲み取った桜介が


それとなく尋ねるが、稀依は首を横に振る




「あ、いえ…。私の友達が、彼らの大ファンで…ついさっきまで


一緒にいたから、何となく…」




「そうなんだね…あ、ごめんなさい。馴れ馴れしく声かけちゃって。


ゆっくりご覧になってくださいね~」




桜介はにっこりスマイルになって、ペコリとお辞儀をすると立ち去って行った




(…しまった、連絡先くらい交換したかったな)




ハッと気づいて、踵を返そうとしたその時


桜介のエプロンポケットにしまってあるスマホが鳴る




「…はあ…」




盛大にため息をついて、スタッフルームに向う




稀依に再び会えた幸運。だがその余韻に浸る暇もなく


直後にうんざりするような気分が舞い込み、悪酔いしそうだ




ちょうど、今日はシフトもあがりだ。




店を出ると、コンビニで買い物を済ませバスに乗り込む




最寄りのバス停に到着し、目の前のアパートを気怠そうに見上げる


すると、思いもよらない人物がそこに居た




少し手前のバス停で降りて、歩いて帰ってきた稀依が


階段を昇り、部屋に向かっていたのだ




(えっ…え、まさか…???)





足音を忍ばせ、そぉ~っと追いかけると


まさかのまさか




稀依が鍵を開け、入って行くのは


桜介が目的地とする部屋の、すぐ隣…




唖然として、数分間固まり続けた




そしてハッと気が付き、隣の部屋のドアをノックする




「…もう~…おそい~…!!」




中から姿を現したのは、酒の匂いをプンプンさせ


みっともなく肌を露出させた女




「すんませんけど…今日はこれで勘弁してください」




持っていたコンビニ袋を彼女に押しやり


桜介は踵を返し、元来た道を帰って行く




女は、匡輝と桜介の同郷で、同じ高校に通っていた昔馴染みだ




匡輝と女が同学年で、桜介は一歳下の後輩だった




女は匡輝に惚れ込んでいて、昔から猛アピールを繰り返していた


匡輝はあの風貌だ。昔から女によくモテたし、来る者は拒まず相手にしていた




誰でも相手にするが、一度相手にしたら後はお払い箱。


同じ相手と二回以上、一緒に居た事がない


それには、ある事情があったのだ




いつも夢に出てくる相手を、探しているのだと…







夢に現れる彼女は、捕まえたと思うとすり抜けていき


追いかけると逃げていく


追うのをやめると、手を掴まれ、天真爛漫な笑顔を振りまく…




小憎らしい奴なんだ、と…




やがて、現実世界で見つけ出す事は諦め


作品の中に彼女の姿を描くようになっていった




同郷の女は、なぜだか最初から匡輝にフラれていたが


取って食っては捨てられる他の女と違い、そんな匡輝を理解し


「私も一緒に、その子を探す。一緒に匡輝の夢を応援させてよ。


それまでで良いから…」と部屋に押し掛け、居座り続けている




ほぼ、腐れ縁でしかないが、追い出す程の理由もなく


匡輝もそこまで鬼ではない




2人が男女の仲に進展する事もなく、女は女で


さっさと他に男も作り、自由気ままに過ごしている


だが、男癖の悪さは治らないのか、すぐにフラれてヤケ酒をするたびに


後輩の桜介を呼び出すのであった




呼び出され、愚痴を聞かされるうち、


匡輝の事情を知る事ができた桜介も、女とは違った形で


匡輝を応援したくなり、自分の立場で出来る限りのサポートを


してきたつもりだ




あの娘…




タワマンARCADIAで彼女を見かけて以来、ずっと気にかかっていた


デジャブのような…




レコードショップで接客した、という偶然だけでなく


なにか、もっと大事な…記憶の断片が動き出したような…


不思議な感覚だった




それが、匡輝の部屋で待つ、女に差し入れをした途端


走馬灯のように繋がった記憶…




女から聞かされていた、匡輝がずっと探している彼女…




その印象にそっくりなのだ


まさか、職場も自宅も、こんなにも近くに居るのに…


匡輝は知っているのか?それとも気づいていないのか…??


本当に単なる偶然なのか………………??




コメント


丸太小屋の階段を降りると辿り着く桜の木
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