第3話
- RICOH RICOH
- 1月18日
- 読了時間: 4分
4人用のテーブル席で、語り合う3人
主に話をしている1人は手元の書類を見ながら
残りの2人は頷きながら、彼女の話を真面目に聞いている
このタワマン内には光プロダクションの他にも
テナントとして使用している会社がいくつかある
向かい合って座る女性―稀依《きい》は、大手マスメディアの
お客様サポート、異次元コミュニケーションの担当者。
対峙する2人を面接していた
面接官を担当している稀依自身も正社員ではない
大学卒業を間近に控え、就職先も決まっているが
親戚に頼まれ、アルバイトとして来ている
バイトとはいえ、業務内容は人事担当。
各部署の要請に従い、各派遣会社や専門ルートを通じて
応募してくる人たちを面接し、適性を判断する
オフィスでは、難しいシステム構築に頭を悩ます
おじさま達を後目に、黙々とデータ入力をする毎日だ
面接を終えた稀依は、書類を持ってラウンジを後にして
エレベーターに乗り込む
彼女の乗ったエレベーターが13階の西棟に到着した頃
同じく13階の東棟のエレベータが点灯する
西棟にある異次元コミュニケーションズと、中庭を隔てた向かい側
東棟の個人事務所の扉が開き、中から飛び出してきた人物が
エレベーターホールに向かうが、エレベーターはすでに扉を閉ざしていた
「…ちっ…間に合わなかったか…」
男は、舌打ちしながらスマホを取り出し、事務所に戻って行く
エレベーターが1階フロントに到着し、中から一人の男性が現れた
襟足まである黒髪をキュッとひとつに縛り上げ、サングラスで覆われた
表情は窺い知ることが出来ない。上下真っ黒なスウェットで
足元はスニーカーだ。それでも、よく見たら全てがハイブランドで
袖を肘まで捲り上げて歩く姿は、只者ではないオーラを感じる
男性はそのままエントランスに向かい、タクシーに乗り込む
とある食堂を通り過ぎ、すぐ近くのスタジオに到着すると
ひとつのブースに入って行く
ひと通りの打ち合わせを済ませ、マイクテスト、
少しの休憩を挟み、すぐにオンエアとなる
ミキシングルームでスタッフが行き交う喧騒の中
男性はゆっくりとストレッチをはじめる…
本番を示す『ON AIR』が点灯する
そして合図があり、オープニングSEが流れる…
タワマンの西棟ですれ違うようにオフィスに戻った稀依は
いくつかの雑用を済ませ、再びエレベーターで降りて行く
1階のマーケットでいくつかの買い物を済ませ、バスに乗る
一番後ろのシートに座ると、ハンドバッグからイヤホンを取り出し
スマホを操作し、アプリを呼び出す
(…良かった、間に合った…)
イヤホン越しに流れてくるラジオの声に、稀依は表情をやわらげて
そっと目を閉じる…
数分後、自宅に帰るが、耳にはイヤホンをしたままだ
そのままメイクを落とし、着替えも済ませて
簡単な料理をして、食事をする
“…それでは諸君。明日もまた同じ時刻に、待っているよ。また会おう…”
お決まりの締めの言葉が告げられ、番組は終了する
稀依はふぅっと息を吐いて、アプリを止めるとイヤホンも外して
にこにこと微笑む
(…今日も、お疲れさまでした…♪)
心で呟きながら風呂に入り、消灯して眠りにつく…
一方
ラジオ番組の収録を終えた男性―匡輝《まさき》は、そのままスタジオの別フロアで
打ち合わせをしていた
彼はとあるラジオ番組のメインパーソナリティーだ。
毎夜、ひとり語りをするのだが、軽妙な語り口と独特な声質、
素顔を知らない伝説的な存在として人気がある
気が向いた時には、彼自身が作詞作曲した歌を
ラジオ番組のプレゼント企画などで発売することもある
プロダクション代表の光によれば、スポンサーからの希望もあり
そろそろ新譜を出そうか、という話になっていた
世間が日常をおくる昼間は、おもにクリエイター作業に当てている
夜、スタジオで番組収録が終わると、昼間に仕上げた我楽多を
音にして具現化させていく
朝
自宅アパートの階段を降りて、バス停に向かう稀依
同時刻、彼女のアパートの前にタクシーが停まり、匡輝が降りてくる
なんと彼らの部屋は隣同士だったのだ
都会の片隅で、隣人といえどもお互いの素性は知らず
言葉を交わす事もない
時には同じ路線のバスに乗り、一番後ろのシートに座る
同じベンチに座り、同じ景色を眺めている
同じマーケットで買い物をして、同じ空気を味わっている
時間だけがすれ違う2人…
ただ…
匡輝が歌を作る時、思い描く風景には
いつも必ず、彼女が居た
理由は分からない。なぜか、インスピレーションが湧き上がるのだ

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