episode 3
- RICOH RICOH
- 1月2日
- 読了時間: 8分
最近、離れの庭が騒がしい
夜の荘厳な雰囲気から一転、昼間は魂の抜け殻のように
生き物の気配すら感じない母屋
その異様な空気は、畏怖の感情を増長させる
絵里奈自身、あちら側の人たちと交流するのは苦手で
聖が居ない時は母屋に行かず、これまでどおり、離れで地味な
生活を続けている
絵里奈がこの門扉をくぐり、生活が一変してから約三年
そろそろ、人間側から新たな生贄を差し出される時期になっていた
絵里奈という宝を手に入れた聖にとって、今さら
他の生贄など不要なのだが、契約なのだから仕方ない
新たに出迎えた女を囲い、三日三晩を共に過ごし
その後、適性を判断し、各所に配置させる
多くの女は絵里奈とは違い、聖の姿を見ただけで恐れ慄き
泣き喚きながら逃げ惑う。そして、自らの境遇を恨みながら
より過酷な境遇の下女に成り下がっていく
その内、あちらの世界から訪れる悪魔に、運よく拾われ
尽きる事ない欲望の餌食として、精気を吸われ続けるか…
あわよくば、最初の三日三晩で、聖の妻として見初められれば
その待遇も如実に変わる。その為、連れて来られる女の大半は
最後の賭けに一縷の望みを抱き、聖の元にやって来るのだ
絵里奈にとって、それがどれほど辛い期間か計り知れない。
三日三晩は、近づく事すら許されないのだ
奥の院で、知らない女の相手をさせられる聖もまた
絵里奈に触れ合えないその期間は、気性も荒々しく
一歩間違えれば大惨事となりえる
「…そもそも…俺だけが相手をする、というのが
誤りなのだ。我々の世界の同胞ならば、本来
事足りるはず」
煮え切らない主の逡巡
次なる候補を館に召喚したにも関わらず
その先の工程に進む気配がなく
いつの間にか、絵里奈の居る離れの周りには
順番待ちの女のための集落が出来上がっていた
ある日
校舎の影に呼び出される絵里奈
(…ていうか…未だに?)
平和的なお話ではなく、何か魂胆があるに違いない相手から
指定される場所として、あまりにも古風だ
こんな経験なら、高校に入学する前に、散々体験していた絵里奈は
進歩のないシナリオにウンザリしながら、言われた場所に向かう
待ち構えていたのは、2人の男女だった
「…」
「あっ…ごめんねぇ~こんな所に呼び出して」
語尾を伸ばして、腰の低さをアピールしているが
本気で悪いなどと、一ミリも思っていないだろう
「何か用?」
「うん…実はね、帰る前にどうしても挨拶しておこうと思って。
今夜、聖さまのお部屋に呼ばれることになったの」
「…!…へぇ…そうなんだ…」
動揺しながら、努めてポーカーフェイスのまま
なんとか応じる絵里奈に、口元を歪める
「やっぱり…噂は本当だったのね。絵里奈が悪魔の餌を
やらされてるって」
「…餌って…」
あまりの言い草に絵里奈は引きつらせるが
反論するほど間違いでもない
「ほら…だから言ったろ。お前もムリすんなって…」
隣のチャラ男は女の肩を抱こうとするが、振りほどかれる
「うるっさいわね。アンタのような下々の男には分からなくていいのよ。
女にとっては千載一遇のチャンスよ。私は知ってるわ。
聖さまはと~っても素敵なの!!」
「…そうね。上手く事が運ぶといいね」
息巻く女の、ある部分にはとても共感できるので
素直に答える絵里奈
「あら…絵里奈まで、そんな事言うのね。言ったでしょ?
今夜、聖さまのお部屋へ呼ばれたって。これは決定事項なのよ」
「…それで?用件はそれだけ?」
苛立ちを隠し、努めて冷静に受け応える絵里奈
「絵里奈って、ほんと鈍感ね。
私が餌に選ばれるということは、アンタは用無し。
餌は2人も要らないでしょ♪」
「………………」
はじめてポカンとした表情を浮かべる絵里奈
彼女が本餌に選ばれたとして、絵里奈が自由になれるのか
その決定権があるのは悪魔サイドだ。だが、正直そんなことは
なにも知らされていない
「…どうなのかなあ…それはさすがに…」
(勝手に決めつけるのは良くない…)
そう言いかけたが
女が目を吊り上げた形相で捲し立てる
「うるっさいわね!!こちとら、いろんな噂を聞いてるのよ
大事な時間にアンタがうろついてると、気が散って目障りなの」
「あっ…ちょっと…!!」
女の合図に男が絵里奈を羽交い絞めにする
その隙に絵里奈の鞄を取り上げて物色し、館の鍵を盗み出す
欲しいものを手に入れた彼女は、絵里奈の鞄をドサッと放り出し
勝ち誇った笑みを浮かべる
「…今夜、絵里奈は用事があって帰れないって
聖さまに伝えておくわ。愛する方に捨てられて憐れな女。
彼らに慰めてもらいなさい♪じゃ、ごきげんよう♪♪」
「…!!!…//////」
女は鍵をチャラチャラ振り回しながら立ち去って行く
突如、影から3人が加わり、合計4人の男に取り囲まれる絵里奈
「………………」
突然与えられた棚から牡丹餅状態に、怯んで二の足を踏む彼らを一瞥し
絵里奈はすくっと立ち上がる
「…申し訳ないけど。役不足よ。ぜんっぜん、趣味じゃないから!!」
「Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン…」
ハッキリと断罪され、青ざめて固まる4人
「だ…だけど…お前だって捨てられたんだろが💦」
「そうだよ…俺たち以上に酷い目に遭っていながら
エラそうにいきがってんじゃねーよ💦」
思わず言い返す男たちを後目に
テクテクと元来た道を引き返していく絵里奈
「…余計なお世話よ。悪いけど、あんたらに同情されるほど
絵里奈さまは落ちぶれちゃいないわよ」
「だ、だけど、現実に…っ」
彼氏だった男が息巻くが、相手にせず、その場を立ち去る絵里奈
(…そうは言ったものの…どうしよう…)
鍵を奪われたままでは、離れに帰ることもできない
彼女の言った事が本当なのだとしたら、聖はその女を
選んだのだから、自分は確かに用無し…
考え事をしていたら、いつの間にかバス停に到着していた
絵里奈は慌てて降りると自転車を押して、トボトボと歩いて行く
川原の土手で自転車を停め、座り込んでぼぉ~っとしている絵里奈
(…今頃…)
聖は女を抱いているのだろうか…
女は…聖の愛撫を一身に受けて…
きっと…至福のひと時だろう…
さわさわ…
草花が風に揺れる
思い煩いを止め、ふと視線を向ける
………!………
背の高い雑草に埋もれるように
そよ風に身を委ねながら寝転んでいる影………………
「…え…ええっ…」
絵里奈の動揺した声に、目を覚ました
その手に握られた鍵が、チャラっと揺れる
「…ひ…聖さま…いつから…?…っていうか、どこかお怪我でも…💦」
慌てて駆け寄る絵里奈
寝ぼけたフリをしながら、その表情を垣間見る聖
日頃はこんなにも分かり易く、コロコロと表情を変える癖に
肝心なところで、いつも心に鍵をかける
契約とはいえ、絵里奈以外の女を相手にする気など、毛頭ない
だが、そう思っているのは、俺だけなのではと…
その一瞬の惑いが、行動を遅らせた
絵里奈に与えた館の鍵には、例の魔石が忍び込ませてあり
彼女に起きた異変は全て把握している
加害者の女は、館に模した魔の空間に誘い込まれ
無限地獄を彷徨っていることだろう
4人もの下衆どもを相手に、啖呵を切って見せた姿とは打って変わって
オロオロとするばかりの絵里奈
深い息を吐きながら、その腕を引き寄せる聖
「…ひ、聖…さ//////」
「……なぜ、肝心な時に俺を呼ばない?」
「…//////」
ぎゅっと強く抱きしめられ、真っ赤になりながら
もう二度と触れ合えないと思っていたぬくもりに
涙がこみ上げる絵里奈
「不要な契約など、反故にすれば良いだけだ。
お前は知っているではないか…これまでも…」
「…あ…あの時は…//////」
…………………
……………
………
その日、集落で特別な儀式が行われる事となり、絵里奈は
住職に頼まれ、おつかいに出ていた
松明に鬼火が揺れ、屋内では酒池肉林の宴が催されている
女が寝台に横たわり、蠢く数人の男どもに凌辱されている
悪魔に憑りつかれた男どもに褒美を与え、邪気を払う為の儀式なのだと
聞かされていた。悪魔祓いの中心で贄となった女は、
聖女―悪魔に選ばれた女―として扱われ、家屋の一番奥に幽閉される
すべては悪魔と人間の均衡を保つため…
その言葉に雁字搦めとなった彼らの目は、一様に狂気じみて
絵里奈はその空気が苦手だった
商店からの帰り道
集落の入口で絵里奈は足を止める
祠の上に寝転んで退屈そうに居眠りしている人物……
絵里奈に気づいて視線を返す男
「…//////」
「…何をしている?」
ハッとする絵里奈
男の姿に見とれていたことに気が付いて、目を泳がせる
だって…世の中に、こんな綺麗な生き物が存在するのですか…
うまく言葉にできず、ただ固まっている絵里奈だが
その心で呟いた声に、男はフッと笑みを浮かべる
「…最初から間違いだらけだったが、ようやく近づいたな(笑)
俺は人間ではない。男…には違いないが、半分だけ正解だ。
だが生き物となると…」
「…」
男(…といえば、とりあえず当たってるらしい)の謎かけのような言葉を
ゆっくりと反芻していく絵里奈
この間、数分間だろうか…
「…よく怖がらなかったな。良いだろう。特別に教えてやる。俺は悪魔だ。」
「…!…え……………」
男の言葉に目をパチクリさせ、思わず家屋に目を向ける絵里奈
屋内からは、相変わらず、贄にされた女の喘ぎ声と
「悪魔祓いだ」と呪を唱えながら、浅ましい欲望をさらけ出す男ども…
「…?…」
絵里奈は改めて、目の前に居る悪魔を振り返り、キョトンと首を傾げる
…悪魔…憑りついてないじゃん…
「人間どもは、身に降りかかる禍の全てを我々悪魔の仕業と決めつけ
勝手に怯え、騒いでいるだけだ。真実、厄災のほとんどは
人間自らが招き寄せている自作自演だ」
集落で催される儀式の違和感が、ストンと胸に響く絵里奈
「…ひどくない…?なにもしてないのに…悪者にされて…」
「…(笑)いや、良いのだ。元々の事の発端は俺にある」
あまりにも素直な絵里奈の反応に笑いを堪えながら
しゃがみ込んで、彼女の顔を覗き込むように見つめる
「俺との契約を反故にされ続け、業を煮やした女の腹いせってやつだな」
「…けいやく?」
オウム返しする絵里奈に、悪魔は微笑む
「…俺は、趣味の合わん女は相手にしない。
子どもはもっと願い下げだ。名は何という?」
「//////…絵里奈」
悪魔の微笑みに、ぽ~っとしながら返事をする絵里奈
「…絵里奈。早く大人になれ。俺は聖。じゃ、またな♪」
突風が吹き、目の前に居た悪魔は姿を消していた…
次章では、2人の出会いの秘密が明らかに…♪
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