Ⅷ
- RICOH RICOH
- 2024年12月10日
- 読了時間: 4分
更新日:2024年12月11日
翌週末
クリニックの門扉が再び開かれ、サエがおずおずと顔を見せた
何かに怯え、気弱に見えるその姿は
出会ったあの頃と何ひとつ変わらない
誠はいつものように椅子をすすめ、お茶を淹れる
「…あのね…」
お茶を一口飲み、ポツリポツリと話し始めるサエ
「本当の事を、あの人に話した。さすがにこれだけは
自分だけの隠し事にするのは出来ないって思って…」
「………」
「…それと、恵ちゃんのお腹にいる子供の事も。全部」
「!…え?」
さすがに驚き、目を瞠る誠
「里親のことについては、そこまでして子供が欲しいなんて
思わないって…だけど子供の事で、そんなに悩むなら
私のやりたいようにしなさいって言ってくれた」
「………」
「だからね…こう言ったの。
言われた通り、やりたいようにする。だから、晃さんも
本当にやりたい道に進んでって…」
「恵ちゃんの赤ちゃんに、本当のお父さんを返してあげないと。
私は、晃さんに愛されたかったわけじゃない。
幸せそうな恵ちゃんが羨ましくて、その宝物が欲しくなっただけ。
父親にも話をつけた。これは全て、私の責任。
だから、晃さんへの援助はそのままで、結婚は取りやめ。
幸い、入籍はまだ済ませてなかったの。彼の世界戦が終わるまではって…」
「…それでいいのか?」
「…うん。なんだか、スッキリした。誠くんにも迷惑かけて、本当にごめん。」
誠は無言で立ち上がり、戸棚の奥から分厚い封筒を取り出し
サエに手渡す
「…お前がそれで良いなら、俺は何も言わない。
ただ、あの後、俺も真剣に子供の事を考えちまってな」
「!…誠くん、これ…」
養護施設にいる身寄りのない子供を養子縁組する里親制度
それから、精子バンクについて詳細に記されている冊子だった
「見てたら、本当に欲しくなってな。ただ、晃の気持ちも分かる。
どうせ育てるなら、自分の血を分けた、本当の子供が良い。
だが俺にも残念ながら、その相手がいないからな(笑)」
「………」
「恵にも子供が産まれるし、
あいつの事は、やはりこれからも、見守ってやりたい。
俺にも子供がいれば、俺からの援助を遠慮なく受けてもらえるだろ
恵が、晃とよりを戻しても、そうじゃなくてもな」
「…そうかもね…」
講義室のど真ん中で、恵に公然と愛の告白をした誠
いまだに変わる事のない無償の愛を堂々と見せつけられ
サエは改めて言葉を失う
「勘違いするなよ?俺もわりと、打算的なんだぜ?
実はさ、クリニックの内情が結構苦しくて」
「!…え、そうなの?」
「俺一人でいいやって、適当に始めたのは良いが
細かい事務的な事って本当に面倒で(苦笑)
あいつに頼みたい。そう思ってる」
「…あ、そうなんだ。…うん。良いんじゃない?
恵ちゃん、そういうの向いてると思うな」
素直に納得できるサエは、また一口お茶を飲む
「でもさあ、誠くん。子供を持つには、
相手となる女性が必要なんじゃないの?」
「…借り腹って知ってるか?」
「あ、うん…私もこう見えて、医学生の端くれだし」
世の中には、子供が欲しくても望めない、そんな女性もいるかと思えば
五体満足でありながら、子を持ち育てる事を許されない、
複雑な事情を抱える女性もいる
さらに言うと、出産という経験だけを望み、対価を得る
そんなシステムさえ、探せばいくらでも出てくる
だが………
「それはあくまで、闇の手段。国内では未だに認められていないよね?」
「そうだな。だが…すべてを帳消しに出来る唯一の方法がある」
(へえ…、ま、私には関係ないし、他人の事にとやかく言う事もないか…)
そんな風に思いながら、手元の冊子を読み始めるサエ
「お前、俺と一緒にならないか?」
時計の針が一回転する
それは、あまりにも唐突なプロポーズだった
「…はい?…へ?」
「俺の精子とお前の卵子を体外受精させ
産まれた子供を、一緒に育ててみないか?」
言われたことに理解するまで時間が掛かり
さらにその内容に驚き、固まるサエ
「お前の体質では、自然妊娠は難しいだろうが
出産を望めないと結論づけるほど、全ての機能が損なわれているわけではない
診察の時に集めたサンプルもある。やろうと思えば、すぐに出来る環境もある。
あとは、俺の腕を信じて、任せてみないか?」
「…い、いいの?私なんかで…」
俯きがちに問いかけるサエ
あれ…前にもこんな事があったかも…
そんな既視感を覚えるサエに、誠はニヤッと笑いかける
「…相変わらずだな。それは二度と言わない。
そう約束したんじゃなかったのか?」
「…え…//////」
何故知ってる??
驚いて再び固まるサエ
「等がお前を誘ったのは、その事に気づかせたかったからだ。
ただ、それだけの事だった。その気持ちくらい、大切にしてやってくれ。」
「…!………」
「俺がお前に頼んでるんだ。良いに決まってるだろ?」
🌷プロローグ~ある話~ Fin.🌷
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