Ⅴ
- RICOH RICOH
- 1月2日
- 読了時間: 4分
朝 目が覚めると既に時計の針は9時を過ぎていた
今日は急遽予定がなくなり、ふいに訪れた束の間の休日
久しぶりに部屋中を大掃除して、のんびり過ごそうと考えていた
だが、目覚めた途端、怠惰な感情が纏わりつく
「…」
掃除機だけにしようか…
だが、ふと見ると、窓から見える雲一つない青空
こんな気分の時に限って、気持ちの良い秋晴れの空
仕方なく布団から起き上がり、身支度を整える
先週末に新しく買ったデニム生地のカーゴパンツと
リブのカットソー。薄いベージュの色にひと目惚れして
即買いしたアイテムだった
洗濯機を回しながら、部屋中の家具や棚の埃を落とし
ピカピカに磨き上げていく
気が付けば、子ども部屋で娘がオンライン授業の真っ最中
掃除機はやめて、雑巾がけをする
洗い上がった洗濯物を干し、コーヒーを淹れて食事の用意をする
すでにお昼前だが、この日、初めて食する自分にとっては朝食だ
キッチンには、早朝にでかけた夫が、朝食用のおかずを
用意してくれている。冷蔵庫の野菜室からきゅうりとミニトマトを取り出し
皿に盛りつける。野菜室にアスパラを見つけ、食パンをトーストしながら
「アスパラの美味しいレシピ」をスマホで検索する
ブランチを取りながら、ひと通りのネットサーフィンを済ませ
すべての事を終えるとマッサージチェアに身を委ね、ゲーム三昧だ
「………………」
しばらくして、う~んと伸びをしてぼんやりと思い返す
昨夜の出来事を…
池端の自宅に招かれ、熱い口唇に身を焦がしたのは
20数年前になる。その後、子どもを出産する直前に事故に遭い
私たち夫婦はこの世から抹消された―…事になっている
だが、池端の手に導かれ、器から抜け出した魂は
このとおり、しっかりと存在しており、彼の地で存在していた時と
なんら変わらず生活を続けている
そして、池端の腕に包まれて眠り、愛されながら朝を迎える
この生活はあの当時から現在も、途切れることなく続いているのだ
ただし。
暮らしている世界は、元の世界とは異なる
クリスタルの壁で遮られた、2人だけの理想の世界
掃除機をかけている音に目を覚ます
昨晩は深夜まで好きなビデオを見ていた
そのせいで、まだまだ眠り足りない
う~ん…と伸びをしながら気怠そうに寝返りを打つ
掃除機をかけながら、寝室にやってきた信人が
躓くふりをして、寝ている由奈の身体に触れてくる
「…起きたか?由奈」
「…うん…」
何気ない朝の会話。その最中にも、
信人の手は由奈の身体をまさぐり
いたずらを繰り返す
「昨日…」
「ん?」
信人の悪戯は受け流しながら、ぽつぽつと話す由奈に
そのままベッドサイドに腰かけ、相槌を打つ
「ランチの後ね。部署に戻ったら…あみだくじが置いてあったの」
「…ほう?」
身体を起こし、信人の膝に頬を寄せながら、小悪魔な表情で
見つめてくる由奈
「池端さんは、ウチの会社のアイドルだから♪」
「…何だそれ」
「池端さんに、お茶をお出しする係決め。あと
ランチの時に、一緒のテーブルに座る順番決め」
ベッドに肩肘ついて、ひとつひとつ、指折り数える由奈
Tシャツから見える胸元に、信人はニヤニヤしながら
彼女の髪を撫でる
「そうか…だが、そんなアミダくじ大会が行われていた最中に
俺はひとりの女と優雅な食事をしていたわけだ」
「(´∀`*)ウフフ パスタと珈琲ですけどね♪」
「そんな男では不満か?できるなら明日も、その先も
ランチはお前を誘いたいと思っているのだが…?」
穏やかに微笑みながら、首を傾げる信人
まるで、由奈の心情など分かり切っているかのように…
「///…いえ、出来る事なら私も、
あみだくじに参加したかったな~…なんて♪」
名残惜しそうに頬杖をつきながら、楽しそうに微笑む由奈
その反応の愛らしさに抗う事ができない信人は
彼女に身体を寄せてじっくりと眺める
「…ハズレになったら?」
「ふふっ…それでもいいの。
だって信人のことで皆とキャーキャーするの、楽しいもん、絶対」
その場面を思い浮かべて、ワクワクしている由奈
その光景は、かつての世界で実現していたかもしれない
由奈のささやかな願いだった。
今、ふたりが居る世界では、由奈の心情を信人が描き出し
作り上げることでしか、叶えられない
それで由奈の笑顔を守れるのであれば、何の苦でもない
ふたりは、彼らだけの世界で、しあわせなのだ

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