Ⅳ
- RICOH RICOH
- 1月2日
- 読了時間: 7分
「…何言ってんだか…もう…」
崇生が立ち去った後、ため息をつきながら気を取り直し
書庫の整理を再開した結愛
バチッ………
「!…え…なに?」
辺りが急に真っ暗になり、結愛は慌てて周りを見回す
「…停電??」
(…なぁんてね。そんなまどろっこしいこと止めた。
姉ちゃん1人で見ておいで。じゃあね)
(…え?)
脳裏に聞こえた弟の声に戸惑う結愛
だが、次の瞬間、点灯したので、よく状況が飲み込めないまま、
とりあえず本を元に戻そうとする
だが、ふと見ると、手にした本の表紙が見たことの無い古文字で書かれている
「…え…なにこれ」
まさか…
…姉ちゃん1人で見ておいで…
弟の声がリピートする
呆然と立ち尽くしていると
書棚越しに聞こえてくる声にハッと我に返り、耳を澄ませる結愛
「小原?」
上半身の背丈ほどもある大きな資料をテーブルに広げて
ページをめくっていると、後ろから声をかけられ、
柔らかくカールさせた髪を耳にかけながら振り返る由奈《ゆな》
「…どうしたんだ?」
「!…あ、お疲れ様です。先程処理した案件で、少し気になることが…」
「…ふぅ~ん。それで古い台帳を調べようと?」
「あ、いえ…作楽さんにはそんな事に気を回さなくていいから
さっさと処理して次に行けって言われました。でも、どうしても……
気になるんですよ」
「…それで?」
「…ええ。前の履歴を調べたら、池端さんのメモがあったので…
分からない事は、どうしても気になるんです…なぜか、とっても
モヤモヤして…」
俯きがちに、ぼそぼそと心情を吐露する由奈
「…で、わざわざ俺に会いに来たと。で?何が知りたい?」
池端は、ほんの少し笑みを浮かべて、改めて問いかける
「あ、はい…池端さんが居なかったから、自分で少し調べてみました。
何となく…気持ちの悪い理由は、理解しました。でも…」
頭で分かっていても、心のモヤモヤが解消されない由奈は
納得いかない表情で俯く
黙って聞いていた池端は、そんな彼女にふっと微笑み話し出す
「小原。俺たちの仕事は、真実を伝える事じゃない。
事実を踏まえた上で、相手に誠意が伝わるように説明する事だ。
それ以上の事を判断するのは、管轄外だ。作楽の指導は正しい。
お前の説明を求めている連中が、他にも大勢待機してるだろ」
「…それは分かってます////だけど…それなら、池端さんだって」
池端の指摘に若干むきになり、真っ赤になりながら詰め寄る由奈
「なぜあのようなメモを残したのですか?
担当者にしか分からないような…奥の履歴に…」
「…ほう。短時間に、そこまで辿り着いたのか」
前評判で小原由奈の情報処理能力の高さは耳にしていたが
池端は心の奥でほくそ笑む
そして、改めて彼女に向き合い語り出す
「生ぬるいお役所仕事の巣窟。関わる全ての者たちが
自分らのミスを補うために、真実を闇に葬り去り、帳尻合わせをした結果
ひとりの孤独な老人に実害をもたらしている
ほんの僅かな、ささくれのような小さい傷だから、誰も見向きもしない。
大きな事を成し遂げる為には、仕方がないと切って捨てられるほどの
小さな齟齬だから、今さら我々が修正することもない。」
「………」
まさに、それが起きている問題の根幹だった
その後ろ暗さ、根深い闇に、結愛はどうしても納得できなかったのだ
「だが…せめて真実を知った者として
老人の平穏な暮らしを願いたいじゃないか」
「…!…」
やっぱり…
そんな気がして、池端本人に確かめたくなったのだ
同じ部署に配属されて、もうすぐ3カ月になる
出会った頃から、他の人とは違うオーラに魅せられていた
だが、専用の案件をこなすために、根城とする資料室に籠りっきりで
なかなか顔を合わせる機会がない
顔を拝見する機会があるのは、部内会議や出勤時の廊下や
ランチタイムの食堂など、ほんの僅かな時間のみ
社内にいる女性は皆、謎めいた池端の事が気になり
少しでも彼の視界に入ろうと躍起になっている事でも有名だった
こんなにたくさん会話するのも、今日が初めてだった由奈は
そっと池端を見つめていた
視線の先で、由奈の持っていた資料を確認する池端
「随分前の…半年前か。それ以降もコールは繰り返されたはずだが
こんな風に尋ねてくる者は居なかった」
「…え…////」
思わぬ言葉に、由奈は我に返る
「…いつか誰かが尋ねてくるのを待っていたのだ。お前のように」
…!…そうか…それで、あのメモを…
真相が分かり、目を瞠る由奈
「この土地の問題を完全に解決させるには、現地調査が必要不可欠だ。
そして、この件に関しては、俺と同じ信条を持つ者と出向きたい。
そう思っていた」
鮮やかな身のこなしでテーブルにもたれかけ、
由奈を覗き込むように見つめる池端
「…今度の週末、空けておけ。」
「…!…は…はい…//////」
池端の思惑に気づき、笑顔で返事をする由奈
「…それじゃ。今はまず、持ち場に戻れ。」
「あ…はいっ」
慌てて踵を返し、立ち去ろうとする由奈の腕をつかまえて
耳元に口を寄せる池端
「良いのかな?これは業務外だから、あくまでも目的はデートだぞ?」
「!!…//////」
耳元で囁く甘い声と、更に言われた内容に面食らい
真っ赤になって固まる由奈を見透かすように、さらに深みのある声で囁く
「後でまた連絡する…頑張れよ、由奈…」
「!…っ…//////」
今度こそ驚いて振り向くと、穏やかに見つめてくる池端の
柔らかな笑顔に胸が高鳴る…
刹那、ハッと我に返り、ふらつきながら部屋を出て行く由奈…
週末
池端信人は由奈の暮らす町の駅周辺で待ち合わせて
車で現地に向かった
一目瞭然とは、まさにこの事
事の発端は…真相は分からないままだった
地球上にあったデータと現在の土地データを重ね合わせた時に
偶発的に起きてしまったバグなのかもしれない
実際の土地には存在しない、不可思議な町名と地番が
データの中だけで生み出されてしまったのだ
実際には、調整された町名と地番が正しい住所として
宛がわれた者が、何の罪もなく暮らしている
それが、例の老人だ
それだけなら、原因不明の突発的な事象として
宙に浮いたデータ上の町名と地番を削除しておけば
何も不具合は起きなかったのだ
なぜ、そんなものが生まれたのか
そもそも、なぜ調整する必要があったのか…
あってもなくても同じ
虫けらのように、存在の尊厳そのものを否定され
声をあげれば、ただの老害のように粗末に扱われ…
これまで、彼の言葉に真摯に耳を傾ける者は皆無だったのだろう
老人は、家に訪れた池端と由奈に、ほっとした表情で出迎えた
数時間、同じ空間を共にしただけで、氷塊が溶けるように
由奈の心も晴れやかになっていく
夕刻になり、老人の家をお暇する2人
管轄区域の担当者に連絡を取り、事実確認と修正命令を出す
ただし、本社への連絡は不要。データの削除は
2人が請け負うことを条件として、承認させた
「小原、ご苦労さん。後は明日、社に戻ってからだ。」
「はい。お疲れさまでした…」
「すっかり遅くなってしまったな。これじゃ、デートとは言えんな(笑)」
帰り道、助手席でフロントガラス越しに景色をぼんやり眺めている由奈に
わざと軽い調子で話しかける池端
「老人は、間違いなく穏やかな余生を過ごすだろう。
…お前の心のモヤモヤは、解消できたか?」
「…!…はい…おじいさんのお顔を見たら、ほっとしました」
「そうか。であれば、この事は俺とお前の胸の中に仕舞い、
あのデータは削除する。納得できたか?」
「//////はい。ありがとうございました(*^▽^*)」
心底、満足したように微笑む由奈
いつの間にか、車は朝待ち合わせた駅に辿り着き
由奈はシートベルトを外し、ドアノブに手を掛ける
「…あ、あの…送っていただいて、ありがとうございました。
あの、家がすぐそこなので…お茶を…如何ですか?」
チラッと彼女の表情を読む池端
「…デートのやり直し…今から…とか…//////」
一世一代の大勝負
顔を真っ赤な茹でタコのように染め上げて
恥ずかしそうに上目遣いに見つめてくる由奈
池端はニヤッと笑い、由奈を乗せたまま車を走り出す
向かった先は、池端の自宅。
予想外の展開に胸躍らせ、ドギマギしている由奈を抱きしめ
少しずつ距離を縮める2人
「…池端さん…」
「ん?」
鼻を掠める程の至近距離で見つめ合い
名前を呼ぶ声に耳を傾ける
「池端さんは…その…悪魔…っ」
…悪魔なんですよね?
そう言いかけた最後の言葉は、彼の口唇に遮られる
「…ある目的のために全ての力を封印させた元悪魔だ
今はただ、お前を抱く人間の男だ…」
そのままベッドに横たえ、愛し合う……
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