Ⅵ 夢幻
- RICOH RICOH
- 2024年12月24日
- 読了時間: 3分
目の前にある石の段差に戸惑う女
すっと差し出される手
振り返り、優しく微笑むのは眩い悪魔…
「おいで」
その手を取ると、握り返してくれる
温かいぬくもりに、躊躇いは解けた
手を引かれ、向かった場所に1軒の家屋が出現する
表札には、見覚えのない2種類の名前
インターホンを押し、中から聞こえる声にビクッとする
(…い、いや……開けないで…っ)
いつの間にか、指を絡めていた手を振り払い
逃げ出していく………
「おいで…こっちだ」
再び笑顔で差し出される手
抗えず握られたその手に導かれ、飲み屋の暖簾を潜る
テーブルを挟んだ真向かいで
何人かの関係者と祝杯をあげている集団がいる
その集団の中に、
追い求めていた愛しい姿を見つける
コップに口をつけ、ちびちびと酒を飲みながら
そっと見続けている自分
彼の隣には見ず知らずの女が座り
耳元に口を寄せて何かを囁き、やたら卑屈な笑みを浮かべている
2人してその場を離れたと思うと
しばらくして手を繋いだまま戻ってきた
女は終始、彼にもたれかかり、首に腕を巻き付けて抱きつく
色仕掛けで迫る女を拒みもせず、重ねてくる口唇を受け入れるものの
適度にあしらい、グラスの酒を飲み干して周りの人間と笑い合う…
酔いが覚めればお互いの顔さえ思い出さないだろう
度が過ぎた酒の肴…
それだけの事で、色恋でも、金で雇った娼婦でもない
枕営業…恋愛とは程遠く、汚らわしい行為でも
様になってしまうのは、スターという星の元に生まれたサガ
そして、そんな愚かな行為で
相手を持ち上げ、営利を得ようとする世界がある
無言で凝視し続ける自分
一番見たくない、嫌悪でしかない、嫌なシーンなのに……
……………
ハッと目を覚まし、辺りを窺う
「…夢……まただ……」
瞼を手で覆い、深い息を吐く
「何度目だろう…嫌な夢……」
重い体を起こし、服を着替えながら頬を膨らませる
「…酷い…あんな醜い場面を私に見せるなんて…」
「…どうした?」
呼ばれた相手に振り返り、視線を合わせる
「あ…うん…ちょっとね。昔の嫌な事、思い出しちゃって…」
「ふぅん…それって、男の事…?」
「…まあ…ね…」
惚れた相手が選ぶのは、いつも自分ではなく
その腕に抱かれるのは、自分ではない、知らない誰か…
そして自分も、身も心も捧げた相手ではない
名前すら知らない別の男と寝ている
ほんの少しの誤差は、お互いの距離を縮めることも無く
交差する機会など半永久的に訪れるはずもない
現実に引き戻されても、失うものは何もない
奇跡は起こらなかったのだから…
帰宅して、鞄を放り投げ、服も脱ぎ捨てシャワーを浴び
ほっと一息つく
夢見の悪さを払拭させようと、手に入れたばかりの動画を再生する
映し出された、いつもと寸分違わない麗しい姿に
心底ほっとする
「…そうだ。忘れないうちに、お礼言っとかないと…」
抽選に漏れ、諦めていた公演のチケットを
譲ってくれた相手に絵文字付きのメッセージを送り
チャプターを巻き戻して再生を繰り返す
「…輝く存在でいてください。お願いだから………」
つまみ食いの生贄でしかないなら
それは自分じゃなくていい
ベッドに身体を投げ出し、眠る
泥に沈み込むように……
夢だと信じて疑わない映像が、
窓越しに映り込んだ自分の姿であったことに
最期まで気づかぬまま…
アパートの一室で女性の変死体が発見されたのは
数日後の事だった
………………
………
…
エロスとグロス、そして物悲しさ…
幾通りもの声色を変幻自在に使い分け、
一本の映画を見たような夢心地に誘い込む
悪魔と融合し、三位一体となった倉橋 勇の魅惑のステージは
華々しく終演となった
第一章 完
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