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Ⅲ 食堂

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 2024年12月24日
  • 読了時間: 4分

小ぶりの梅おにぎりと漬物を皿に乗せ、テーブル席に運ぶ咲音《さと》


「お待たせしました♪」


「うん…ありがと…」


声に反応を示しながら、手元の資料から目を離さない亮《りょう》

咲音は肩をすくめてキッチンに戻っていく


見かねた響子《きょうこ》が元気に声をかける


「金髪の兄ちゃん、咲音ちゃんのおにぎり食べる時くらい

仕事はやめな。いったん休憩や」


ドンとお茶を差し出され、亮はようやく顔をあげる


「ああ…すまないな。あれ、咲音は…?」


資料を片付けて、キョロキョロと店内を探す亮に

響子はため息をつく


「まったく…奥で帳簿つけてるよ。行ってやりな」


梅おにぎりを頬張りながら、すかさず立ち上がり

厨房に向かう亮


「やれやれ…オーバーワークが過ぎるんだよ

いつもの激務に加え、突発的なオファーが増えちまってなあ」


カウンターで紫煙を燻らせ、ぼやく一樹《かずき》


「今度はドラマだって?歌手なのに…引く手あまたなのは

流石やけどね」




テーブル席に置いたままの資料を見て、響子はもう一度

ため息を付く


カラン♪


「あ、いらっしゃい…どうぞ、好きなとこ座って♪」


反射的に声を掛け、姿を目にした途端、にっこり笑う響子


「光さん、珍しいね。今日は花さんじゃなくて、新しいお客さんね」


「すまないな。なにか適当に、見繕ってくれるか?」

「はいよ。じゃ、お好み定食で良い?」


頷いてテーブル席に向かう光

一緒に居た女性におしぼりを渡し、厨房に戻って行く響子


「あれ…光さん、どしたの?その娘、誰?」


大盛りのカツ丼を掻き込んでいた泉吹《いずみ》が気がつき、声をかける


「彼女は倉ちゃんとこのお弟子さんだ。」

「あ、そっか、勇さんの…たしか今、リハ中だもんね」


光が手短に告げると、女性の方を向いて軽く会釈する泉吹

百花も丁寧にお辞儀する


「…めずらしいね。勇さんが若い女の子を弟子にするなんて」

お茶を飲みながら、のんびり呟く静哉


「ひょっとしたら、ウチの事務所で雇うかもしれないから

その時はよろしく頼むな♪それより、亮は…?」


響子に呼ばれ、厨房の奥から戻ってきた亮と咲音




「ああ、亮。ちょっと来い。お前に紹介しておこうと思ってな。

百花ちゃんだ。しばらくの間、お前付きのマネージャーってことで、どうだ?

まあ、主に事務所内の秘書兼世話係ってとこかな」


「…!…え…//////」


光の言葉に、目を丸くして驚く百花


「へえ…ま、いいんじゃないの?薔子《しょうこ》もいなくなり、人手は常に

足りてないからな」


百花を一瞥する亮の横で、一樹も同意を示す


「ふぅん…ま、それなら、よろしく頼むな」


儀礼的に声をかけ、その後はまったく興味を示さず

咲音と一緒にその場を離れる亮



「咲音、さっきはごめんな」


髪を撫でて覗き込む亮に、恥ずかしそうに俯いたままの咲音


「今日、お前にこれを渡そうと思ってたんだ。

一緒に行かないか?」


「え…亮さん、これ…//////」


手渡されたチケットに驚き、見上げる咲音


「花さんに頼んで、関係者席にしてもらったから。

何も心配はいらないよ。俺とはちょっと離れた席になるけど…」


「//////」




バンドの知名度が上がり、スターダムを駆け上がる亮

スキャンダルを避ける為、公の場で咲音と

一緒に居る事は、まだ世間的にも許されそうにない


亮の立場を理解する咲音は、我儘を言ったりしないが

寂しいと思った事がないかと言えば、嘘になる


チケットを大事に受け取り、嬉しそうに微笑む咲音

亮はほっとして、再び資料を取り出す


「…なかなか覚える時間がなくてさ…そうだ、咲音。

お前、代役してくれない?ほら、ここの台詞」

「え…いいの…?………」

一緒に資料を覗き込んで、語らう2人…




「…やれやれ。百花ちゃん、すまないな。

亮は気難しいが、根は良い奴だから」


「あ、いえいえ…💦突然のことで、驚いてるのは

私の方です。気にしないでください」


改めて向き合い、気遣う光に、百花は恐縮して手を振り

亮と咲音のやり取りを、微笑ましく眺めている


「倉ちゃんに聞いてるよ。今度、彼の舞台に貴女を招待しようと思ってね。

いろいろと噂が面倒な世界だから、もし誰かに聞かれたら

亮のマネージャー(勉強中)とでも答えてくれれば良いかと思ってな」


「…倉橋先生の舞台に?…なるほど…畏まりました。嬉しいです♪」


倉橋の舞台なら、逃さずチェックしており、自力で入手したチケットがある

でも、それは友人の誰かに譲ればいいか…


様々な思いを巡らせながら、大胆かつ細やかに差配してみせる

プロダクションの敏腕代表、光の手腕に百花は驚嘆していた


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Ⅴ 楽屋

多くの関係者が行き交う喧騒の中、花に付き添われ個室に向かうと 中に居たのは亮と咲音。 「亮さん、そろそろ時間よ。百花さんと一緒に行きなさい。 咲音さんはこちらにどうぞ。私たちと一緒に観覧しましょう。ね?」 朗らかに微笑みながら、てきぱきと指示を出す花に...

 
 
 
Ⅳ スタジオ

グランドピアノの前で、譜面と対峙する 静かで穏やかな時間は相変わらずだ 「…どうにか…インプット出来たかな…」 身支度を整えていた倉橋は、百花の呟きに微笑む 「お♪時間ギリギリだな。さっそく、お前の声を聞いてやりたいが…」 忙しなく時計を確認する倉橋に、百花は首を横に振る...

 
 
 

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