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Ⅴ 葬儀

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 2024年12月24日
  • 読了時間: 6分

数日後


さとえの葬儀がしめやかに執り行われた


発見された状況が特殊だった為に、会場には警察関係者、司法関係者

医療関係者など、いわゆるキャリアと呼ばれる者たちが参列し、

異様な雰囲気に拍車をかけていた


たった一人、孤独に旅立った女性の死に際に

心を寄せる事もなく、空虚な絵空事…


百花と連れ添い、参列していた倉橋は

場内に渦巻く薄汚れた彼らのオーラにウンザリしていたが

棺の周囲に飾られた花々に視線を向け、ハッとする


白薔薇、紫蘭、黄梅…


無数の花びらに支えられ、優美に出迎える白百合…

朗らかに微笑みを浮かべ、両手を差し出しているかのように見える


(…よろしく頼むな、リリエル…)


倉橋の心の声に、にっこりと頷いたかと思うと

棺に眠るさとえを抱き起こし、螺旋を描きながら舞い上がる



安らかに眠れ、永遠に…




焼香を済ませ、会場の外に出ると

咲音と亮、バンドのメンバーたち、光と花も姿を見せていた


事務的な手続きを済ませ、彼らの元に向かう田門 誠と恵に

近づく2人の影


「ああ、お前もご苦労だったね」

気がついて、声をかける田門に、恵も振り向く


「サエちゃん…お久しぶりね」


「恵ちゃん…本当に久しぶり。あなた、紹介するわね。

彼女。庵野 寛子さん。亡くなったさとえさんの…」


サエが紹介した女性の姿に、

遠くで見ていた百花と倉橋が驚く


そして、咲音の隣にいる亮が、盛大にため息をついて背を向ける

「?…亮さん?」

不思議に思い、咲音は首を傾げている


「亮…お前には俺がいるだろ?咲音もいる。

気にしちゃダメだ」


「一樹…やっぱ駄目だ。あいつとだけは同じ空気を吸いたくない」

「えっ…亮さん…待って、私も…」


踵を返し、さっさとその場を立ち去ろうとする亮に

咲音が慌てて後を追う


「亮さんってば…」


何とか追いついて、腕をつかまえる咲音

息を弾ませながら、その手を握る


これまで見た事もない、暗い表情に、言葉を失う




「…亮さん…?」

心配そうに見つめる咲音


握られた手から伝わるぬくもりに、亮は少しだけ

落ち着きを取り戻した


「…ごめん、咲音。俺、カッコ悪いな」


「…ううん、そんな事ない…」


亮のスーツの袖をギュッと握り、胸に手を当て、そっと見上げる


「…亮さんは、いつだって私を甘やかしてくれる…

私だって、亮さんの役に立ちたいです。辛いなら…

甘えて欲しいです…////」


出会ったばかりの頃の記憶がよみがえる


絶対的なオーラを纏う亮が吐露した呟きに

何も言えなかった咲音


いまだに、上手く思いを伝えられず、

もどかしさに目を泳がせながら、必死に言葉を探す


戸惑いも、どうにか励まそうとする姿さえも

表情豊かにくるくると変化する咲音に、亮は静かに笑い

ポンと髪を撫でる


「…お前がいるなら、大丈夫かな…」


「えっ…」


キョトンとして見返すと、いつもの笑顔を取り戻した

金髪王子の亮が見つめていた




「…すまなかったな。今日はもうひとつ、大事な目的があったんだ。

やり遂げずに逃げ出すわけにはいかないよな♪」


そのまま咲音の手を取り、繋いだまま会場に戻る


「え…え…?」


なすがまま、連れて行かれる咲音…






………………


会場の外では、サエに紹介された寛子と適当に挨拶を交わし

すぐさま離れ、百花たちと合流する田門と恵


思いもよらない再会に、百花は蘇らせたくない記憶が湧き上がり

愕然と固まっている


「元々、身寄りのなかった彼女を施設で保護していた縁で

身元引受人になっていたそうだよ。」


「…里親になったってことね。

それでサエとは付き合いがあったのね」


「………」


田門と恵の説明を聞いても、どこか腑に落ちないのか

倉橋は何も言わず、押し黙る


「…それも変よ。さとえちゃん、いつも一人で頑張ってた。

生きるのが辛い、眠れないって言いながら…」


厳しい環境に身を投じながら、必死に藻搔いていた生前の彼女を

思い浮かべ、言わずにはいられない百花


倉橋は、ふと、横に控える光と視線を交わす

光の隣で、口に手を当てながら、じっと寛子を見る花…





やがて葬儀は出棺、火葬と流れるような作業で進んでいく


参列者たちは場所を移動し、精進落としの食事が始まった


身近な者同士で適当な世間話をしつつ、故人を偲ぶ

そんな場において、渦中の毒蜘蛛、庵野 寛子は

その本性を大いに発揮し始める


味気ない質素な食事に飽きたのか、暇つぶしのように

スマホを見始める、そのたびに、例の…異音が部屋中に響き渡る


彼女の異様さに全く無頓着で、

穏やかな笑顔を浮かべるサエと、おしゃべりを始めた


「あそこにいるの、息子さん?大きくなったわよね~

久しぶり過ぎて、分かんなかったわ」


「うん…私も、あまりに久々で、実感すらないかも(笑)」


「…でも、良かったわよね。あの時連絡が来て、そこからの

お付き合いだもんね。私たち」


「そうね…誠くんが居てくれて、本当に良かった」


「一歩間違えれば…その可能性もあったのよね。

その時は耳を疑ったけど。人工授精なんて、信用できる相手じゃないと

いつすり替えられてても分かったもんじゃないし、危ないって」


「あの時はごめんね…ほんとに無我夢中だったっていうか…

考えなしに里親申請しちゃってさ。すぐに取り消したくても

操作が分からなくて…直接連絡くれたのが寛子さんで

ほんと、助かった」


「…クスッ いいのよ、いつでも言って♪これからだっていいじゃない

里親って、意外と儲かるのよ?法律でも認められているし…」




限りある空間の中で、隅々まで聞こえるほどのデカい声で

赤裸々に話すに相応しい内容でないことは、カエルでも分かりそうだ


そして、その内容の稚拙さ、腹立たしさに

その場に居た全員が煮えくり返る


「いい加減にして!!あんたたち、うるさいのよ、さっきから💢💢」


ついに我慢の限界を超えた百花が立ち上がり、怒鳴りつける


「…はあ?そっちこそ、何なのよ。他人の会話を盗み聞き?

さすが、下世話な庶民はやることが最低ね。バッカみたい」


百花の剣幕に、寛子はふんぞり返って睨み返す


ほんの少しの時間、居合わせただけで

彼女の人となりを十分に理解した参列者たちは呆れ顔で途方に暮れる


その時


咲音がツカツカと寛子の元に歩み寄り、その頬を引っ叩く


「…!!」


思いもよらな過ぎて、唖然と固まる一同


「貴女なんかに、亮さんの何が分かるの!!

あんたたちのせいで、亮さんがどれだけ苦しんだと思うの!!

軽薄な言葉で人の尊厳を弄ぶ…最低だわ!!」


真っ赤な顔で怒り狂う咲音に、寛子は相変わらず睨み返したまま


「さ…咲音…💦」


恵が思わず呼び止める。ハッとして、我に返る咲音




「ご…ごめんなさい…つい、うっかり…////」


同席者たちに謝り、恥ずかしそうに俯く咲音に、

実はスッキリしていた全員がニコニコと笑い出す


「咲音、こっちにおいで。…ありがとな♪」


亮に手を引かれ、スゴスゴと退場する咲音


席に戻った咲音に、バンドメンバーたちがニヤニヤしながら

酒を勧めている


「…まったく。最近の若い子って、とんでもないわね。

子育てする親の苦労も知らないで…いい気なもんよね。

サエさん、あんな女が嫁に来たら最悪よ。」


暫くして、性懲りもなくデカい声の陰口が再開する


「…ちょっと、失礼」


これ以上、彼女の暴言に付き合う気も失せて

サエはさり気なく席を立ち、その場を離れる


誰一人、寛子にまともに相手する者はいなくなり

うやむやの内に散会となった




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