top of page

Ⅲ 食堂

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 2024年12月24日
  • 読了時間: 4分

カラン♪


「いらっしゃいませ…あ!」


反射的に声を掛け、振り向いた途端、客の姿に驚いて

咲音は思わず固まる


「お邪魔するよ。いいかな?」


柔和な笑顔で穏やかに声をかけてきたのは田門 誠。

食堂の常連客で、クリニックを営んでいる医者だ

咲音の恋人、亮の父親でもある


普段は白衣姿なのに、今日は全身黒のスーツ姿だ


さらに驚いたのは、その横に控える女性…


「…お…お母さん…//////」


「驚かせてごめん。自慢の味を確かめに来たよ♪」


慌てふためく娘の様子に、含み笑いをする女性


「え…?もしかして、咲音ちゃんのお母さん?」


いつものメンバーはランチ定食を食べていたが

彼女たちのやり取りを耳にして、一様に驚く


「初めまして。娘がいつも、お世話になっております♪」


「恵。挨拶はその辺で…咲音ちゃんが困ってるだろ(笑)」


田門が促し、空いてるテーブル席に座る


恥ずかしすぎて動けなくなってしまった咲音に代わり

響子がおしぼりとお冷を用意する




「咲音ちゃんのお母様ですか。はじめまして。

彼女には、ホンマにいつもお世話になってます♪」


恵はおしぼりを受け取りながら、響子にも笑顔で会釈している


「…何か、法事でもあったんですか?」


田門と恵の装いは、どう見ても喪服姿だ

注文を取りながら、失礼ではない程度に聞いてみた


「そうなんだよ…患者さんの不幸があってね」


「それは、お疲れさまでした…お悔やみ申し上げます。

では、ごゆっくりしていってくださいね」


神妙な面持ちで挨拶し、厨房に戻って行く響子


「あ~…もしかして、ニュースで流れてたやつ?」


「あ、そうか…切なくなるよね、あーいうのは…」


ピンときた碧生と拓海


「咲音には話した事あったよね。さとえちゃん」


ホカホカの親子丼を配膳していた咲音は、恵に言われて思い出す


「…あ、里に恵と書く、“あの”さとえちゃん?」


「…え!」


咲音の言葉に驚いたのは、恵ではなく

ちょうどその時、亮と一緒に店に来た百花だった


「あ、いらっしゃいませ…百花さん?」


咲音は亮に笑顔で声をかけるが、様子がいつもと違う百花に首を傾げる


「ん…おや。亮と…あれ、彼女は…」




のんびりと気さくに声をかける田門に、恵も視線の先を追う


「…あら。百花さんじゃない。お隣のイケメンは誠の息子さん?

デート?隅に置けないわねぇ…♪」


「え、ああ、いや…」


会話の内容から、彼女が噂に聞く咲音の母親だと察した亮は

すかさず否定し、説明し始めた

だが亮の言葉を遮り、百花が問い直す


「恵さん…さとえちゃんがって…それ、本当?いつのことですか??」


「鑑定結果によると…推定日時は先週の日曜日のようだよ」


「!!…」


あまりの事に手で口を塞ぎ、震え出す百花


「…あれ?先週と言えば、勇さんの公演があったじゃない。

金曜日だったよね?」


記憶のパズルが合わさり、思い出したように確認する静哉《せいや》

百花は何回も頷く


「そうなんです!本当にさとえちゃんだとしたら…

彼女は勇さんの大ファンなんです。あの…青い紋様の方の…」


「!…あ~、サムちゃんの…?」


含みを持たせた百花の言葉にピンときた泉吹


「そうです…先週の金曜日は、

私が持っていたチケットを彼女にお譲りしました

さとえちゃん、すごく楽しみにしていたのに…」


そう言いながら、何かを思い出し、ハッと気がついた百花




「そうだ、あの後、LINEもらってました。さとえちゃんから…」


慌てて鞄を探り、スマホを取り出す

画面をスクロールし、愕然とする


彼女からメッセージが届いていた日付が

日曜日の深夜未明…


「…そうか…彼女の最期の言葉だったわけだな。

そして、彼女の魂は、本悪魔の元に旅立ったんだ。

少なくともその瞬間、彼女の心には希望があったはずだね」


「…僕たちは一応関係者という事で、今後の法事にも呼ばれてるんだけど

百花さん。貴女も行くかい?」


「あ、そうだよ。それこそ勇さんと一緒に…行かせてもらいなよ」


「そうだよな。せめて…彼女の来世が浮かばれるように…

勇さんは器だけど…彼の事も好きだったんでしょ?彼女」


田門の提案に、碧生と拓海が後押しする


「咲音…貴女はどうする?」


「うん…そうね。しばらくしたら、お墓参りに行かせてもらおうかな」


「俺も、光さんに話してみるよ。そしたら一緒に行こうか」


恵と咲音の会話を聞いて、亮が割り込むように近づき、髪を撫でる


「え…だって…え?…あなたたち…?」


2人の親密な雰囲気に、流石に気がついた恵は

指をチラチラさせながら次第にワクワクし始める


「////お母さん!!…もう…お願い、黙ってて💦」


恵と咲音の母娘漫才の様子に、

沈みかけていた店内が元の穏やかさを取り戻していた…



最新記事

すべて表示
Ⅵ 溶解と洞察

トイレに向かう途中の廊下で、亮が窓の外を眺めていた 「…亮」 サエに呼ばれ、亮は振り返る 「…さっきはごめんなさい。寛子さんに流されるだけで 反論すらできなかったけど…亮は、私と誠さんの子供だから。 今さらって思うかもしれないけど、お父さんのことは 信じてあげて」...

 
 
 
Ⅴ 葬儀

数日後 さとえの葬儀がしめやかに執り行われた 発見された状況が特殊だった為に、会場には警察関係者、司法関係者 医療関係者など、いわゆるキャリアと呼ばれる者たちが参列し、 異様な雰囲気に拍車をかけていた たった一人、孤独に旅立った女性の死に際に...

 
 
 
Ⅳ 河川敷

河川敷― 自宅兼スタジオがある町から電車で一本 駅から少し距離があるが、運動不足解消にはちょうど良い散歩道 進んでいくと、物々しいオーラを醸し出す門扉が現れる かなり広い屋敷だが、柿の木に遮られ 中を窺い知ることはできない 屋敷の前を素通りし、すぐ目の前に広がる川原に向かう...

 
 
 

コメント


丸太小屋の階段を降りると辿り着く桜の木
bottom of page