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食堂

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 2024年12月1日
  • 読了時間: 12分

都会


サラリーマン、学生…


多くの人間が煩雑に行き交う繁華街


その一角にある、こじんまりとした大衆食堂

広くはないが、家庭的な味が評判の店だ


食堂の近くには、いくつかのスタジオがあり

プロアマ問わず、ミュージシャンが多く出没する事で有名な界隈


どこにでもある、なんてことない食堂…


だが、唯一不思議なのは、ある特定のミュージシャンたちが

ツアーで訪れる旅先で、必ず目にする食堂だということ


偶然なのか、はたまた、不思議な世界の入口なのか……


大釜の木蓋を開け、炊きあがった白米をふっくらと混ぜ

ひとつひとつ、丁寧に握っていく


小さい手の平で、出来上がりの形もやや小ぶりだが

それが却って愛着があると、当店一、評判の梅おにぎりだ


「咲音《さと》ちゃん、それが終わったら、こっちの味見もお願い」


「あ、はーい。大丈夫よ、すっごく良い香り♪」


すぐ隣で、これまた大量の豚汁をこしらえていた

響子《きょうこ》の手許を覗き込み、小皿によそって味見をする



「響子さん、先日のライブ、どうだった?」


「まったく、あの金髪の兄ちゃんは人が良すぎるわ」


ため息を漏らす響子に、クスっと微笑む咲音


「響子さんは、拓海《たくみ》さんがお好きよね。

亮さんと楽しそうに絡むところ、私もすっごく好き♪」


「分かるわー。私は金髪兄ちゃんの、あのトンガリ王子っぷりが好きやわ

今日はネコの兄ちゃんと頭バーンてなってる兄ちゃん、

わちゃわちゃして可愛いから、おまけつけとこ♪」


正午過ぎとなり、今日もいつものメンバーがバラバラと

店に足を運んでくる


「角の兄ちゃん、今日も大盛りで良いな。

蒼い兄ちゃん、綺麗な顔して、でかい口で食べるんやな」


人の流れが一段落して、何気なく店内を見渡し

ボソッと呟く響子


咲音は、まだ現れてもいない客用に、少量のランチセットを

丁寧に用意している。


「…咲音ちゃん、金髪の兄ちゃんも、もっと食べさせなあかんのちゃう?」


「…なかなか、食が細いのよ💦

そのくせ、残したがらないから…心配だわ(´・ω・`)」


「…って、ちょっと咲音ちゃん💦

だからって、金髪の兄ちゃんにばっかりお豆腐多すぎ💦」


「えっ…いや…ほ、ほら、

一樹《かずき》さんが一緒に食べるだろうしね💕」




その時、扉が開いて新しい客が訪れた


「あ、足の長い兄ちゃん、ちょうど良かった。

あの金髪の兄ちゃんが好きな食べもん何?

特別に咲音《さと》ちゃんが作ってくれるから」


「よ!いつもサンキューな♪…亮は食事より

王子と姫君からのキスが大好物だぞ💕」


一樹は意味深にニヤッと笑いながら、トレーを受け取る


「あ…!?あぁ…うん…

それは、おばちゃんには作られへんな…」


思わぬ切り返しに固まり、呆然と呟く響子

気を取り直して、周囲に目を向ける


「角の兄ちゃん、もう食べたん?

おかわりはえぇけど…おかず足りてる?」


静哉《せいや》のコップにお冷を注ぎながら、響子は気さくに声をかける


「頭バーンの兄ちゃん、明日はカツ丼やから楽しみにしといてな🎵」


「ホント!?あ、あとナポリタンもね💕」


5人前を一気に平らげていた泉吹《いずみ》は、嬉しそうに追加注文する


「…咲音ちゃん、金髪の兄ちゃん、カツ丼は食べられる!?

なるべく、あっさり作るから…どうだろ?」


厨房に戻り、明日の日替わり定食のメニューを考案する響子


「…うーん…うな丼は食べるみたいだけど…」

咲音は口元に手を当て、考え込む




「うな丼か…

咲音ちゃん。金髪の兄ちゃん用にうな丼作ってくれる❔

私ナポリタンも作らなアカンから」


「お任せあれ💕」


テキパキと指示をくれる響子に、咲音はにっこり微笑んで

下ごしらえを始める


「足の長い兄ちゃんはどっち食べるん!?

カツ丼でえぇな!?」


紫煙を燻らせながら、カウンターにもたれ掛け

彼女たちの会話に耳を傾けていた一樹は、響子の問い掛けに

更に細かい注文をつける


「カツ丼なら、味付けこれな?うな丼なら白焼きな?」


「味のリクエスト聞くんは、食の細い金髪の兄ちゃんだけや❗️

あとは黙って食べ❗️」


「仕方ねーなあ

じゃ、俺様もたまに作りに来てやるよ💕」


「来る時は早めに言うてな。

私、その日はお客さんになるから🤣」


いつの間にか、厨房で和気藹々とはしゃぐ彼女たち


「一樹、黙って食べなよお。美味しいよ?この味噌カツ」

やんわりと窘める静哉に、にんまり笑う響子


「ほら、角の兄ちゃん見てみ。

いつも文句言わんとおかわりしてくれる。えぇ兄ちゃんや」




「ちなみに、金髪のあいつ。亮の王子役は俺様だけど、

姫君は絶賛募集中だぞ?」


「あ…?あぁ、うん…

そうなんやね…せや❗️咲音ちゃん、応募したら!?」


「えっ…//////でも…」


響子に勧められ、たじたじになる咲音


「足の長い兄ちゃん。

その姫君への応募はどうしたらえぇの?

咲音ちゃん、私が応募しといたるから、任せとき❗️」


「も、もう…響子さんったら…💦

姫君募集中なんて…そんなわけないじゃない…💦」


慌てて否定する咲音の反応を、

一樹は面白そうに眺めている


………


「ほら、亮!

ランチなら注文しといたから!

時間もないし、無理して外出しなくていいでしょ」


そう言いながら、豪華弁当をテーブルに並べる薔子《しょうこ》


(…はあ…)


ため息をつきながら、亮は仕方なく目の前のお弁当を1口食べる


「すまないな、俺はこれでお腹いっぱいだ。残りはお前が食っていいよ」


お茶を淹れる薔子の背に声をかけると

返事を待たずに一樹の後を追い、食堂に向かう亮…



薔子は彼らが組んでるバンドのマネージャーだ。

メンバーの管理をしながら、甲斐甲斐しく世話を焼く彼女。

駅前のスーパーマーケットで、レジのパートを長年続けていたのだが

常連客の花と光に出会い、運命が一転した。


プロダクションのアーティスト担当が結婚退職してしまい

抜けた人員を補う為、もし良かったらと頼まれたのだ


何もかもが初めての経験で、緊張感を拭えず

必死に藻搔きながらも、メンバーの事を第一に

あれこれと手を焼いているのだが、彼らの反応は今ひとつ…


「…まったく💢…どこが金髪王子だ…💢💢」


ずば抜けた歌唱力とタレント能力を武器に、

業界を華々しく彩る亮は、プロダクションの

トップスターだ。それは間違いない。


だが、いざ蓋を開けてみれば、

几帳面でガラス細工のような繊細な心の持ち主


ついつい、放っておけず、手を焼く薔子に対して

決して雑には扱わない。だが、亮からはどこか

入り込めない分厚い壁を感じてしまうのだ




………


「おっ、これ、新作メニューだな?」




そこへ、厨房で噂の金髪王子、亮が現れ、

咲音はさらに顔を真っ赤にする


「あ、あの……///」


戸惑う咲音の反応を楽しむように、気さくに声をかけ

彼女の目の前にある唐揚げを摘んでモグモグする


それだけで、お腹いっぱいになり、咲音を見つめて

ニヤッと笑いかける亮


「ふーん…生姜が効いてて美味いな💕」

そう言って、鮮やかに去って行く


食堂で話題の❮一口王子❯……



(今日も食べてくれた💕)


咲音は、カウンターの影でガッツポーズしている



お冷を注ぎにテーブル席に行きながら、こっそりと囁く響子


「あ、金髪の兄ちゃん。兄ちゃんの姫君に応募したいねん。

咲音ちゃんは、えぇ娘やから大切にしたってや」


注がれたコップに口を付けながら振り向き、厨房にいる咲音の事を

亮がいつも視界の端に入れて、意識している事は

メンバー同士の共通認識だった


「亮。遅かったじゃないか。」

「…ああ、出がけに薔子の奴に引き留められてな」


やれやれとため息をつく亮の隣で、その綺麗な金髪を撫でる一樹


「世話になってるとはいえ、食事まで拘束される義理はないからな。」




再び厨房に戻り、響子はメモφ(..)


『今日の一口王子、唐揚げ1個』


「ご飯も食べてくれたら安心なんやけどなぁ…」


呟く響子の傍で、さらに顔を真っ赤にしたまま

恥ずかしそうに俯く咲音


実は、いつの間にか、咲音との秘密の約束で

年払いで一年契約されていたのだ


スタジオからの帰りしな、戸口で梅おにぎりと豚汁を受け取り

咲音と手を繋いで一緒に駅に向かう亮…



ほどなくして駅にたどり着いた2人


「…それじゃ、私はここで…お疲れさまでした!!」

「…ああ、遅くまで待たせて悪かったな」


咲音はカバンの中からパスケースを取り出そうとするも

繋いだまま、手を解こうとしない亮に戸惑う


「////…あ、あの…//////」


「………もし…嫌じゃなかったら」


「…?」


伝わる手のぬくもりに熱を感じながら、

キョトンと首を傾げる咲音


「…もう少し、一緒にいないか?」




「…!…えっ…」


「…ほら、お前に貰ったコレ、何とか食ってみようと思うんだが

1人じゃ味気ないだろ?」


いつも、食が細すぎる一口王子…

亮の事が心配で、食堂の片づけを終えてからも

ぼんやり考え込んでいた咲音


気がつけば終電間際で、慌てて戸締りをしていた時、

偶然、スタジオ帰りの亮と出くわしたのは数日前の事


亮が住んでいるアパートと、咲音が使う駅の方向が一緒で

その日は駅まで一緒に帰った


昼食は唐揚げひとつだとしても、夜はせめて

きちんとした食事で栄養面も補って欲しいと訴える咲音


「ああ…それなら、お前に頼もうかな」


その事がきっかけで、亮が仕事に追われる日以外は

必ず食堂の裏手に立ち寄り、駅までの短い距離を

一緒に過ごすようになった


小柄な彼女。ほんの短い道中でも、すれ違う人の波に

幾度もぶつかり、押し流されそうになる。


危なっかしくて見ていられない。


咲音と約束していた今日は、

彼女からお惣菜を受け取るついでに

その手を繋いでいた




亮に誘われ、手を繋いだまま駅を通り抜けて

その先の道を進んで行く


駅前の賑やかな商店街の中程にある雑居ビル

1階はクリーニング店。その脇の階段を数段上がり

鍵を開けて部屋に入る


「…お邪魔します…//////」


緊張した面持ちで靴を脱ぎ、フロアに足を踏み入れた途端

映り込んだ光景に目を瞠る咲音


壁にはまり込んだ手狭なキッチン。

手前にある板張りの床と、奥の和室………


「…い…意外と…広いんですね💦」


遠慮がちに感想を伝える咲音に、亮はフッと笑う


「…物が何にも置いてないからな」


思わず、部屋の中を隈なく見て回る咲音


いくらなんでも…人間が生活する空間にしては

何もなさ過ぎるのだ


「まあ…忙しすぎて、帰る時間なんてほんのわずかだ。ほとんどは

ツアーに出てるし、寝床さえあれば、十分なんだが…」


「で…でも…亮さん…お布団すら、ないようですけど?」


空っぽの押し入れの前で、呆然と固まったままの咲音の横で

亮は新聞紙と雑誌を器用に重ね、応急的なテーブルをこしらえる


「…ほら。固まってないで、その辺に座れ。」




咲音お手製の梅おにぎりを頬張りながら

彼女の反応を楽しそうに見ている亮


「(笑)秘密にしておこうと思ったんだがな。実は今週末に

引っ越すんだよ。あらかた、物は運び出してるから」


「…!…えっ…そうなんですか??」


「場所はそれほど離れてない。駅とは逆方向のタワーマンションだ。

セキュリティがどうだとか、薔子の奴がうるさくてな」


「…あ…そっか…そうですよね…」


一枚目のアルバムが世に出て、

ロックスター街道を順調に駆け上がっていく鯉幟

アーティスト自身の身の安全と、マネージメント管理を考えたら

当然の事なのかもしれない


「豪勢なタワマンなんて、宛がわれてもな。

ツアーやら曲合宿やらで、ほとんど根無し草になるのは

変わらないし。贅沢な箱の中は、いつでも空っぽ。

空しいもんだよな」


「…っ…」


一瞬、憂いを帯びた亮のまなざしに、咲音は言葉を失う


「本当の俺って、どこにいるんだろうな。

そんなことを、しょうもなく考える事があるんだ。

考えたって仕方ない事だけどな…(苦笑)」


「…////」


亮の言葉は、誰かに向けたものではなく

独り言のように空虚に響く




伝えたい言葉を必死に捜して、目を泳がせたまま

俯くしかない咲音


豚汁をすする音がして、ハッと顔を上げる


「ごちそうさま。全部食ったよ。ありがとな♪」


いつもと変わらない表情で笑いかける亮に

咲音はただ、首を横に振りながら微笑む


「お前の作る料理は、美味いよな。全部、好きだよ」


「////ありがとうございます!!もう少し、たくさん食べてくれたら

もっと嬉しいですけど………(*´艸`*)」


「そうだな…お前、パンって作れる?

俺、こう見えて、米よりパンの方が好きなんだが」


「!!…ホントですか??もちろん作りますよ!!

絶対食べてくださいね☆彡」


ほんの少しの言葉で、はち切れんばかりの笑顔を浮かべ

ウキウキし始める咲音


肩を抱き寄せ、髪を撫でる

すると急に大人しくなり、わざとらしく覗き込むと

頬を真っ赤にさせて震えている


「…終電、過ぎちゃったな。泊って行くか?」


「//////…っ」


何か言おうとした咲音の口唇を

亮の口唇が塞いでいた…




その日の夜

別の店で1人、グラスを傾ける薔子


咲音の大衆食堂とは別に

ロックミュージシャンが頻繁に通うとされるBARだ


「…はあ( ๑´࿀`๑)=3」


ため息を零す薔子


壁にある肖像画を見てニヤつき、再びグラスに口をつける


「どうした、薔子。

豪華弁当作戦は、上手くいかなかったのか?」


バーテンダーの男が気さくに声をかけてくる


「もう、困ったもんよ。食が細いからね…

あ、マスター、これ余ったオカズ…勿体ないから使ってくれる?」


その時。薔子の背後に現れた影に

バーテンダーは表情を崩し、コースターを用意する


「よっ。久しぶりじゃねーか」


「…私にも彼女と同じものを」


現れた影は、当たり前のように薔子の隣のスツールに腰かけ

薔子の前にグラスを差し出す


「…乾杯。今宵こそは、私の相手になってもらおうな」


「…お先に戴いてまーす☆彡どうでしょうね~♪」


薔子もグラスを傾けて楽しそうに微笑む




こちらは、駅からほんの少し離れた場所にある一軒家


食事を済ませ、食器洗いをしていた花のスマホに

LINEの通知音が鳴る


「…あら、薔子ちゃんからだわ。」


「…またか。亮のことなら、ほどほどにしておけと

いつも言ってるのにな。」


代表を務めるプロダクションに在籍する

若手ロックミュージシャンの亮とバンドメンバーは勿論、

マネージメントを行う薔子の事も

監督する立場にあるのが光だ


「せっかくの豪華弁当を無駄にするのは良くないからって

またいつものBARに相談しに行ったみたいですね…(笑)」


クスっと楽し気にスマホを眺める花を、そっと抱き寄せる光


「(´∀`*)ウフフ 明日にでもまた、BARに行ってきますね。

彼女の話を聞いてあげたいし…♪」


「そうだな…花、飲みすぎるんじゃないぞ?」


「////…んもう!…でも、薔子さん、お酒強いからなあ…」


顔を赤くしてプンスカしながら、苦笑いする花と

口唇を合わせる…


柔らかな陽射しに包まれ、愛し合う花と光…






 
 
 

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丸太小屋の階段を降りると辿り着く桜の木
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