第1話
- RICOH RICOH
- 1月18日
- 読了時間: 5分
魔パルトメント
人間界の、とある町にそびえ立つ、某有名なタワーマンション
その名もタワマンARCADIA
最上階66階の殿上人は、これまた某有名な大魔王の仮の姿
BARで酔いつぶれた女性を連れ込み、夜な夜な、闇の輪舞を舞う
餌食となった女性は、毎度慌てふためきながら、真っ青な顔で
フロアを飛び出し、エレベーターで逃げ降りていく
36階では、某有名なロックミュージシャンでヴォーカル金髪王子こと、
亮が、妻の咲音と幸せな新婚生活を送っている
そのすぐ階下 35階では金髪王子のバンド魔界貴族のメンバーで
ギタリストの一樹がワンフロアを所有。ツアーやレコーディングなど
多忙で不規則な職業柄、帰宅が真夜中過ぎのことも頻繁で
そんな時、愛する新妻の眠りを妨げないよう、金髪王子はもっぱら
このギタリストの部屋で蜜月の時間を過ごしているらしい
30階には、彼らミュージシャンをマネジメントする光プロダクション兼
自宅がある。プロダクション代表の、光と花の愛の巣だ
この30階から上層階には強烈な結界が施されており
半端な人間が近寄ることなど不可能だ
プロダクションの隣に設置した受付には、
やけに脚の長いコンシェルジュが眼光鋭く待ち構えており
奥の事務所に設置した夥しい数のモニターで
屋内の隅々まで監視されている
あ、そうそう。
60階と33階には秘密がある
各階によって、フロア面積や間取りは異なるのだが
60階と33階だけは例外だ
鏡のように、すべてが同じ配置、間取りで設計されている
最初はそうではなかったのだが、うっかり入居を許した
ある人物によって、いつの間にか、勝手に作り替えられた
33階には、魔界貴族のメンバーがワンルームずつ入居している
彼らを地上の器とする、魔界の最高魔たちが60階を使って
人間界に頻繁に出入りしているのだ
30階の受付で、鋭い眼光をさらに細め、紫煙を燻らせながら
ため息をつくコンシェルジュ
彼の力を持ってすれば、そんな横暴を切って捨てる事など容易いはずだが
「結局、こうなる事を誰よりも望んでいたんだろう?
僕はほんの少し、力を貸しただけ」
のんびりとハーブの香りを味わいながら、にこやかに笑う
角の生えた悪魔・・・
話は逸れた。ともかく、そんなわけで、いつの間にか
このタワマンは、地上だけでなく、各界隈からの客が自由に立ち寄り
不法滞在も可能なパラダイス、いわば魔パルトメントになってしまった
であるならば、いつか、あいつらも・・・
そんな事をほのかに夢想するコンシェルジュ
だが、待ち焦がれる一組は、一向に姿を現さない
なにせ、彼らには、思い入れの深い屋敷や別荘がいくつもあるのだ
紫煙を吐き出しながら、ついでのように
階下用の監視モニターを見遣り、やや溜飲が下がる思いで
うっすらと緩やかな笑顔を浮かべる
タワマンの居住区は10階からだ。
その下には、マーケットやレストラン、ラウンジなどがあり
居住者であればいつでも自由に使える豪華なアメニティが
勢ぞろいしている
居住区の最下層は、アメニティを運営する従業員や執事たちの控室。
最下層からギリギリ免れた、12階
数か月前に新たに入居した住民が、いくつかのDMや楽譜を手に
足早に廊下を進んでいく姿があった
彼女は、光プロダクションに所属する魔界貴族のヴォーカルで
通称金髪王子、亮のマネージャーだ。同プロダクションに所属する
アーティスト兼ボイストレーナー、倉橋 勇の弟子で恋人でもある。
数か月のマネージャー見習いを経て、今では彼女自身も
ミニリサイタルを行う、アーティストのたまごだ
倉橋の根城としているスタジオ兼自宅で同棲するのかと思いきや
彼女自身のアーティスト活動のために、安全で静かな空間が必要だろうという
師匠の英断だった
楽譜の暗譜に集中し過ぎて、そのまま寝泊まりすることもあるが
あくまでもスタジオの一室であり、夜になればドアを開け
階下のレストランで恋人兼師匠と待ち合わせ、そのまま都会の町へ消えて行く
コンシェルジュにとって、唯一の気晴らしとも言える
彼女を見送り、その日の仕事を一旦終わらせる。
受付は無人となり、その代わり、あちらの世界から呼び寄せた
透明な目玉蝙蝠が律義に監視を続けている
このままプロダクションに併設されている、光の自宅で
花の手料理に舌鼓を打つのも良いが…
今日は珍しく、スポンサーとの打ち合わせで光が不在だ。
あいつらは何も気にしないが…そこは超えてはならない一線だと
頑なに守り続けている
「花。俺も今夜は出かけてくる」
業務時間ギリギリまで、スパートをかけていた花は
声をかけた蓮に気づいて、視線を向ける
「蓮さん…お疲れ様です。承知しました。
…今日は外で、光さんと…ですか?」
含みを持たせて、ほんわかと微笑む花
「いや、あいにく今日は別件。花、お前もたまには
羽をのばして、ゆっくりしたらどうだ?」
奥の部屋で着替えを済ませながら、軽妙な相槌を打つ蓮
「…そうですねえ…薔子《しょうこ》ちゃん、最近忙しそうだしなあ…」
仕事を一段落させ、事務所の戸締りをしながら
スマホを取り出し独り言ちる花
「…じゃ。行ってくる。また明日な」
そんな花を後目に、仕度をする蓮
カードケースと煙草とスマホ。男の私物など、これだけで十分だ
それよりも、案外と寂しそうな花を抱き寄せたくなる衝動を堪え
振り切るように扉を出て行く蓮
そんな蓮の葛藤などまったく知らない花は、朗らかに見送る
「あ、行ってらっしゃいませ。お気をつけて~」

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