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Ⅴ 花の影

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 1月1日
  • 読了時間: 5分

食堂―


季節はいつの間にか移ろい、桜からハナミズキ、

コブシ、ツツジと、街路樹の華やかな彩りが次々と変化し、

やがて紫陽花が曇天の野路を優しく労わっている


そんな中、今日も相変わらず、次の季節に向けて

試作品を作り続ける咲音


じめじめとした湿気と、びっくりするような猛暑に

一旦、手を休めて冷蔵庫から取り出した麦茶を飲む


ふぅ、とひと息ついて、腰かけ

手近にあった雑誌をパラパラとめくる


掲載されている亮の写真と、メアリと並んで映る

ドラマの名場面のワンショットを何度も繰り返し、眺めては

羨ましそうに微笑む


(…やっぱり、素敵なんだから……♪)


食堂のいつものメンバーたちは、メアリがまるで咲音のようで

2人の恋愛模様を覗き見しているようだと、大絶賛だった

自分には、今ひとつピンと来なくて、よく分からないけれど…


ぐいっと麦茶を飲み干して立ち上がり、再び試作品作りに向かう


カラン♪


その時、店の扉が開く




「いらっしゃいませ。」


「あ、すいません。ちょっと聞きたい事がありまして」


響子がいつものように気さくに声を掛け、客をもてなそうとするが

相手は中に入ろうともせず、ただ声をかけてきた


大き目のショルダーバッグを肩から下げて、爬虫類顔の貧相な面持ちながら

なるべくスマートに見えるよう振る舞う男


「光プロダクションの事務所って、この辺りですかね。ご存知でしょうか?」


愛想笑いを浮かべていた響子は、その一言で怪訝に思う


「なんや、あんた…ブンヤか。」


「雑誌取材の申し入れをしたくて来てみたんですが、

なにぶん、こっち方面は初めてでして」


「…ずいぶんいい加減やな。正式に依頼するんなら

もっと丁寧にやらんとな?その業界におりながら、

光プロダクションの連絡先も知らんとは。兄ちゃん、モグリか?」


遠慮のない響子の指摘に、男は気弱な笑顔ですまなそうにしている


店先の喧騒に気づき、咲音が様子を見に行こうとするが

響子の背中から漂う只ならないオーラに、首を傾げる


ちょうどその時、裏口のインターホンが鳴り、

蘭パンダ宅配便の凛子が訪れた


荷物を受け取り、サインをする咲音に、凛子が耳打ちする


(咲音ちゃん。今は姿を見せちゃダメ!

表に来てるの、雑誌カメラマンっぽいよ)


咲音はハッとして、口に手を当てて何度も頷く…




光プロダクションの所属アーティストが専属で使用している

レコーディングスタジオは、厳格なセキュリティが施されており

事前の予約もない雑誌記者など、即、追い出される


代表の事務所があるタワーマンションは

魔界並に厳しい結界が施されているかのようで

コンシェルジュの男に睨みつけられただけで、瞬殺されそうだ


唯一、セキュリティが皆無に等しいのが

手始めに探りを入れた食堂だったのだ


何しろ、魔界貴族のメンバーが、毎回足蹴く通う馴染みの店だ


初日こそ、けんもほろろに追い返されたが

食にありつきたい客を追い払うことは出来ず、男は悠々と姿を見せる

その都度、魔界貴族のメンバーや響子が機転を利かせ

咲音を守ろうとしていた


その場は難を逃れたように見えたが、しょせんは大衆食堂


何度もしつこく往来を続ける男の目に、咲音が捉えられるのは

時間の問題だった


響子たちの塩対応は相変わらずだったが、

男は咲音の存在を知りながら、知らないフリを続け

店内の人間観察を続けていた


そのうち、咲音の行動パターンまで把握し、何とか声をかけようと

タイミングを計る男




もちろん、すべての事を筒抜けに把握していたプロダクション側…

タワマンARCADIAのコンシェルジュ室に設置してある

無数のモニターの前で、紫煙を燻らせながら目を細める蓮が

何も手を下さないのは理由があった



男は既に、咲音の色香に呪縛されていたのだ






そもそも、足を踏み入れたのは

一瞬目にした女の姿、そこに興味を惹かれたからだ

何かに対する義理や柵ではなく、カメラマンとしての純粋な好奇心だった


自分の直感は、やはり正しかったのだと確信する


若手ミュージシャンの人気NO.1

魔界貴族の金髪王子、亮が愛する女性に間違いない


亮も、百花と一緒に店に訪れては、

必ず厨房の中に入って行き、密かに逢瀬を続け

咲音と愛を育んでいる事は、疑いようがなかった


そして、咲音だけでなく

彼女の周囲を取り巻く環境のすべてに興味を惹かれ

その面白さに、つい抜け出せなくなっていた


亮のスキャンダルネタを探すという大義名分は

既にどうでも良いことに成り下がっていたのだ


腹の逸物が消え失せた男の様子は、食堂の響子や

魔界貴族のメンバーにも何となく伝わり、いつしか警戒心も薄れ

居ても居なくても、あまり気にしない程度になっていた


適度に放置された居心地の良さに、今日も男の箸が進む




そして、時折

今の居心地の良さと真逆に思える、かつての闇を思い出す


そもそものきっかけとなった、メアリとの情事

その裏側に潜んでいた、薄汚い闇…


蜘蛛の裏稼業が途絶えた今も、甘ったれた姉の暴挙や

膨れ上がる医療費、それを包み隠す大学病院という

底知れない後ろ暗さは、メアリをいとも簡単に引きずり落とすだろう


メアリ自身の努力で飛躍を遂げたとはいえ、それらの闇は

ひとつも解決していないのだ





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