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epos

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 1月2日
  • 読了時間: 4分

「…っ ダメだ…っ ブレーキが効かない…っ」


キュルキュキュルキュル…不自然な摩擦音

激しい衝突音


ゆっくりと弧の字を描く車体


崖から小石がパラパラと舞う中

タイヤが空回りする音だけが、虚しさを誘う










ナビゲーションである特定の店舗をエントリーして

向かった車両が軒並み事故に遭う


そんな『厄介な噂』として寄せられた情報


なぜそんな不可解な事象となるのか

机上の空論だけではさっぱり皆目見当がつかないほど

データ上では何の変哲もない、見通しの良い交差点だ


とにかく、現地に向かい状況を調べようと

池端と車に乗り合わせ、走り出したのが運の尽き


池端は運転が上手くて、この地のほとんどの道路を知り尽くしている

時間を計算し、効率よく辿り着けるように進んでいくので

急ブレーキを踏むことがほとんどない

身重の小原にとっても乗り心地が良い


職場内結婚で公認カップルとはいえ、職場にプライベートを

持ち込むのはできるだけ控えようと我慢してきた


だが、ふいに訪れた2人きりの時間に

池端の横顔をチラッと眺めながら、胸をときめかせている


「…由奈、寝てろよ。現地ついたら起こしてやるから」


「うん…ありがとう、信人…」




……………


「うわっ…」


次の瞬間、聞こえてきたのは、池端の動揺する声


データ上では、しっかりと整備された綺麗な町となっていた場所

だが実際は、町と町の間の道路がクレーターのように抜け落ちて

未完成のままだったのだ


しかも、そこまでは見通しが良く、真っ直ぐな道だから

なおの事、発見が遅れる


突然、目の前が断崖絶壁となり、慌てて急ブレーキを踏む


「!!」


その時に気が付いた


なぜか、ブレーキが効かない

ふいに、わざわざ駐車場の出口まで見送りに来た

高柳の顔が脳裏を掠める


「…くっ…駄目だ…っ」


助手席で眠る由奈を庇うように抱きしめ、そのまま

奈落の底へ堕ちていく…


……………

………


…んぎゃ…おんぎゃ…ほんぎゃ…ぁぁ…





闇の中で聞こえる赤ん坊の泣き声に、由奈は目を覚ます

やけに重たい瞼をなんとか押し上げるが、身体は鉛のように動かない


目の前に、池端のネームプレートが飛び込んでくる


「…のぶと…?」


すでに事切れていた池端が、由奈の身体からずり落ちる


「の…信人…」


あまりの出来事に、感情の全てが蓋をする

色彩はすべて無味無臭となり、目の前の現実が

絵空事のようだ


呆然自失となって、へたり込んだその時、

自分の腹がぺったんこになっている事に気が付いた


そして、数刻前に夢で聞いた、赤ちゃんの産声


「…赤ちゃん…私の子供は…」


身の回りを捜し始めて、ハッとする


池端の手に守られるように眠る、我が子の存在

そして、そのすぐ隣で、感情のない表情を浮かべたまま佇む

悪魔の姿…


「…ほう…惨劇の中で生れ落ちた割には、綺麗な赤子だな」


真っ黒なマントを翻しながら、優雅にしゃがみ込み

赤子を眺めて微笑みを浮かべる


「…つ…連れて行かないでください…この子だけは…」




由奈は思わず、目の前の悪魔に懇願した


「…親のない子というのは、お前が想像するよりも

多くの困難を背負う事になる。このまま親子3人で一緒に逝く方が

はるかに幸せではないのか?」


「…そうかもしれません。でも…生れ落ちた以上、

この子の人生は、この子自身のもの…。お願いです。

あと一日だけ、時間をください。」


「一日だけ?」


「あと一回、胸いっぱいに呼吸させて…

夕焼けと、夜明けの太陽を、見せてあげたいのです…

その後は…この子の魂が進むべき道に向かうはず…」


「……………」


「もちろん、タダでとは言いません。

願いを聞き入れてくださるのであれば、私の命を…」


「…クッ…ワハハハ…」

そこまで黙って聞いていた悪魔は、堪えきれずに笑い出す


怪訝に思い、眉間に皺を寄せて睨み返す由奈


「な…なにが可笑しいんですか!!」


「ククク…なにが『私の命を…』だ。

今、この瞬間にもお前を全力で守っている、こいつの前で

何を言うかと思ったら…」


「…!…え…」


由奈は悪魔の言葉に驚いて、振り返る




骸は、相変わらず横たわったままだが

魂はすでに抜け出て、由奈を抱きしめ、悪魔を睨みつけているという…


ぬくもりすらも感じることが出来ない由奈は

その情景を想像しながら、涙が溢れ出す


「…ほらな。見境なくその身を差し出すなど…お前には無理だ。

魂が呼応し合う相手でなければ…そうであろう?

あまり無鉄砲なのも、どうかと思うぞ?」


「それじゃ…どうすれば…//////」


俯いて項垂れる由奈に、悪魔は微笑む


「子どもは…お前の提案を受け入れよう。

今日一日、助ける為に、お前の名を頂戴する。

お前らはもう一度、人間として生き直せ。名は変わる。

だがお前らなら、必ず再び出会えるだろう」


「…畏まりました…貴方様の御名前は?」


「聖という。…この子の名は?」


「……………」


長い沈黙の後、由奈はゆっくりと口を開く


「…生かして頂けるのですね。お優しい悪魔様…

すでに貴方様の中で、相応しい名が見えているはず…」


ふいに、池端が由奈の手を取り、駆け出して行く

危うく、悪魔に心を奪われそうになった由奈を

池端が呼び戻し、二度と振り返る事はなかった


やがて、姿のない魂と化しながら花園に向かう彼らを

聖は静かに見送った…




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