引越祝い
- RICOH RICOH
- 2024年12月1日
- 読了時間: 6分
数週間後、久しぶりに食堂に灯りが付く
厨房からは鰹だしの良い香りが漂っている
「咲音ちゃん。そろそろかな。蕎麦粉を用意して」
「あ、は~い♪」
専門業者から注文した蕎麦粉を丁寧に混ぜ合わせ
そば打ち機で一人前ずつ切り分けていく
長期間の曲作り合宿も無事に終わり、打ち上げがてら
亮の引っ越し祝いをメンバー全員でやろうという事になり
この日のメニューに「引っ越し蕎麦」が書き加えられた
海苔を切り刻み、薬味にネギとミョウガ、大葉なども用意する
響子はエビの天ぷらを大量に揚げていく
「金髪の兄ちゃん、嬉しそうやったなあ…今度の新曲も、
大ヒット間違いなしやな☆彡」
合宿先の湖のほとりに駆けつけたキッチンカーで
仕出し弁当を振る舞う咲音と響子
都会の喧騒を離れ、自然豊かな土地でインスピレーションも浮かび
亮たちの曲作りも実りあるものとなった
今日は都内に戻り、トラックダウンを残すのみとなっていた
いくつかの雑務を済ませて、食堂に集まる約束をしていたのだ
「…お~っす。お待たせ!今日はよろしく頼むな♪」
数刻後、全員で現れ、気さくに声をかけてくるメンバーたち
「いつものように、好きなとこ座って。」
扉の外に「CLOSED」の吊り看板を下げ
各テーブルにおしぼりを配り、お冷を注いで回る響子
咲音は茹でたての蕎麦をせいろに乗せ
天ぷらセットをお盆に載せて配膳する
「はい!では改めて、皆さん、合宿お疲れさまでした♪
そして亮さん。お引越し、おめでとうございます。
蕎麦茶ですけど、乾杯☆彡」
咲音の乾杯の音頭に全員がコップを持ち上げて応える
「…ありがとな。引っ越しっても、まだ一歩も足を踏み入れてないし
まったく実感が沸かないけどな(苦笑)」
ズズっと蕎麦を小気味よくすすり、モグモグしながら
自嘲気味に笑みを浮かべる亮
「荷物の整理なんかは、これからなのか?ご苦労なこって(笑)」
向かい合わせに座り、八重歯を見せて笑う一樹
「良いよな~家具家電完全装備。コンシェルジュ付きで
衣食もワンクリックで何でも揃う。理想的な御殿だよな」
蕎麦茶を飲みながら、のんびりと笑う静哉《せいや》。
「ホントだよな。俺たちも住みたいよな。…光さんに頼んでみるか」
泉吹《いずみ》のひらめきに、拓海と碧生《あおい》が
うんうんと頷きながらエビ天をパクリと食べる
「おいおいおい💦 全員で同じマンションに住むってか。」
呆れて突っ込みながら、冗談めかして笑う亮
「え…ダメだった?実は俺も、さっき契約してきたばかりだ」
「…はあ…?…//////」
目の前で契約書をチラつかせ、ニヤッと笑う一樹に
呆気に取られ、固まる亮
各テーブルを回り、お冷のおかわりを注ぎながら
咲音は彼らの会話に耳を傾けていた
(…そっか…それじゃ、毎晩の夜食の差し入れも
駅まで一緒に帰る事も…なくなるのかな…)
以前に比べて、亮の表情が和らぎ、食事もしっかり
食べてくれるようになった。
喜ばしいことなのに、一抹の寂しさを感じる
そんな事を思ってしまう自分が恥ずかしくて
気づかれたくなくて、誤魔化すように微笑みながら
厨房に戻って行く咲音
「…響子さん。明日からのメニュー、考えなきゃね…ってあれ?
響子さん………?」
居るとばかり思って声をかけたが、厨房に響子の姿はなかった
久しぶりの食堂開店とあって、おしぼりや割り箸などのカラトリーを
改めて取り寄せていた。ちょうどその荷物が届き、裏戸口で
受け取りのサインをしていたのだ
「毎度、蘭パンダの宅配便です~」
「は~い。ありがとね~。凛子《りんこ》ちゃん、いつもご苦労様」
「いえいえ。久しぶりの注文で嬉しかったです。
またお店を開けてくれるんですね♪」
「(* ̄▽ ̄)フフフッ♪ またいつ、無期限休業になるかは
分からんけどね~」
そんな風に笑う響子に、凛子はクスッと笑い
話題を変えた
「そういえば…先日、例のタワマンに注文があって
中に入らせてもらったんですよ。すごかった~
ゴージャスったらないわ」
「…えっ!ほんま?! 良いなあ~ チャンスがあれば
是非とも覗いてみたいもんよ。私らには縁がないのは
分かり切ってるけどね(笑)」
世間話に花を咲かせる響子と凛子
……
厨房にひとり佇んで、ふぅっと息を吐き、
気を取り直して店のメニュー台帳を広げる咲音
その時だった
「今夜の晩飯も、よろしく頼むな。咲音」
「…!…えっ」
ふいに声をかけられ、驚いて振り向くと、そこに亮がいた
「…ワンクリックで、何でも揃うんでしょ?
私なんて必要ないんじゃ…//////」
「さすがに疲れたし、味のこってりし過ぎる出前なんか
食う気しねーよ。それより、お前の飯が食いたい。」
「…//////」
真っ赤になって照れながら、
嬉しくて仕方ないのを誤魔化すように俯く咲音
「…し…仕方ないなあ…もう…//////」
「さっき、事務所で部屋の鍵は受け取ったんだ。
俺は一旦、一樹と先に行って、荷物の整理をしてるからさ
店が終わる頃、迎えに来るよ」
亮は咲音の反応を楽しむように見つめ、ニヤッと笑いながら
ポンと肩をたたき、耳元で囁いて、その場を後にする
毎度おなじみのBAR
カウンターに肩肘を付き、やれやれとため息を零しながら
グラスを傾ける薔子
曲作り合宿最終日のこの日、
亮の新居となるタワマンに足を踏み入れ、荷物の受け取りと
契約書のサインなど、細かな雑務を滞りなく済ませた
スケジュールのダブルブッキングで、散々嫌味を言われ、
釈明すら受け入れず、難色を示す亮に、最大限の譲歩をした形だ
「…改めて思うけど、ほんっと、豪華だわ…
羨ましくなっちゃう。庶民には、まったく縁のない世界よ」
グラスを丁寧に磨きながら、
薔子の話をそれとなく聞いていたマスターは
静かに笑みを浮かべる
「…そんなに凄かったのか」
「もうさ、コンシェルジュなんて見たことある?これがまた、
足の長いイケメンでさ…。そういや、風貌は
どことなく一樹に似てたかも……」
途中から独り言のように呟く薔子には反応せず
マスターは彼女の隣にコースターを差し出す
「…ジャックダニエルをひとつ。」
いつの間にか現れ、当然のように薔子の隣に腰かける影
「あ♪どうも~。お先に戴いてます☆彡」
気がついた薔子は笑顔でグラスを傾ける
男は何も言わず、微笑みながらロックグラスを少し持ち上げて
薔子に応える
「はぁ(*´Д`)…それにしても、今日はいつもより歩かされたからなあ…
ほどほどにしないと…酔い潰れるのはイカンのよ…」
そう言いながら、スケジュール帳を取り出し、スマホと睨めっこしながら
翌日の確認をし始める薔子
黙ったままマスターと目配せし、顎で合図する男
マスターはやれやれと苦笑しながら、薔子の前に新しいカクテルを置いた
「頑張る貴女に、闇の王子からのご褒美。だとよ♪」
ジャックローズ
優雅な赤い薔薇に、紅玉のアップルブランデーが華やかに香る
「えっ…すみません。すっごく綺麗な色♪♪戴きます(≧▽≦)」
甘く、爽やかな味わいに魅了され、数分後にはカウンターに突っ伏して
酔い潰れる薔子…



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