Ⅰ 晃と新藤
- RICOH RICOH
- 1月1日
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山岡 晃は研究室のデスクでPCに向かい
宇月 ユキの様々な検査結果をカルテに入力していく
「先生、お疲れさんです」
淹れ立てのお茶を差し出し、背後から覗き込む新藤
「…例の、雪姫ですか。」
「…ああ。小倉院長にも伝えてはいるが…」
細かい数値を確認し、新藤はやれやれとため息をつく
「病は気から、と言いますが…」
「しょせん、人間は嘘と偽りの生き物。だが、数値は嘘をつけない」
晃は淡々と、事実のみを語る
宇月 ユキの現在の症状は、病と呼べる値に満たない
つまり、何処から見ても健康体ということだ
欺瞞と強欲の巨塔、大学病院といえども
治療の必要のない人間を、抱え込んでいられるほど
ゆとりがあるわけではないだろう
「だけど、先生。彼女はあくまでも身体の苦痛を訴え続ける。
それを嘘や妄言と断定するには、経過観察の必要性有かと…」
「そのとおり。そこが、病院としても泣き所でね。だが…やはり
それも最早、限界だろうね。決断は早い方が良い。
長引いただけ、社会復帰の可能性が遠のく」
晃は冷静に正論を言う
同意を示しつつ、壁時計を見て新藤はハッとする
「おっと…先生、こんな時間です。そろそろ行かないと…
今日は、お嬢さんのお相手とお食事するんでしょ?」
「ああ…そうだったね。お互い忙しくて
あまり時間が取れないからって、咲音の食堂で会う事になってね」
「…田門クリニックのそばの、大衆食堂ですよね。
ついでに誠にも聞いてみたらどうです?」
「新藤君。もし良かったら、このデータ持って
クリニックの方へ一足先に行ってくれないか?」
「…へっ?」
晃の思いがけない言葉に、素っ頓狂な声で固まる新藤
「…もう、良いんじゃないかな?幼い頃から影日向となって
娘の面倒を見てくれたのも、君なりのけじめだったんだろうけど
浮世の義理は、充分に果たしたはずだ。誰も君の事を、恨んでなんかないよ」
「……」
言葉に詰まり、俯く新藤を後目に、身支度を整える晃
「…俺とお前…そして誠。この3人は、運命共同体だ。
我々の大切な姫君、恵を守るためにな♪
その恵の愛娘、咲音の晴れの門出だ。
お前が行かないで、どうする?」
ハッとして、顔をあげる新藤
「…始めない事で、終わらせない。それも立派な心意気だぜ?
やっぱり男として、カッコいいと俺は思う。」
「あんたって…底なしの良い奴な」
ボソッと呟く新藤に、晃は笑顔でその肩を叩き、揃って出て行く
「…先生と新藤さん、外出ですか?」
様子を窺っていた学生が、
ホワイトボードの「新藤 等」と書かれたネームプレートを裏返す…
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