top of page

Ⅰ 晃と新藤

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 1月1日
  • 読了時間: 2分

山岡 晃は研究室のデスクでPCに向かい

宇月 ユキの様々な検査結果をカルテに入力していく


「先生、お疲れさんです」

淹れ立てのお茶を差し出し、背後から覗き込む新藤


「…例の、雪姫ですか。」


「…ああ。小倉院長にも伝えてはいるが…」


細かい数値を確認し、新藤はやれやれとため息をつく

「病は気から、と言いますが…」


「しょせん、人間は嘘と偽りの生き物。だが、数値は嘘をつけない」

晃は淡々と、事実のみを語る


宇月 ユキの現在の症状は、病と呼べる値に満たない

つまり、何処から見ても健康体ということだ


欺瞞と強欲の巨塔、大学病院といえども

治療の必要のない人間を、抱え込んでいられるほど

ゆとりがあるわけではないだろう


「だけど、先生。彼女はあくまでも身体の苦痛を訴え続ける。

それを嘘や妄言と断定するには、経過観察の必要性有かと…」


「そのとおり。そこが、病院としても泣き所でね。だが…やはり

それも最早、限界だろうね。決断は早い方が良い。

長引いただけ、社会復帰の可能性が遠のく」


晃は冷静に正論を言う

同意を示しつつ、壁時計を見て新藤はハッとする


「おっと…先生、こんな時間です。そろそろ行かないと…

今日は、お嬢さんのお相手とお食事するんでしょ?」




「ああ…そうだったね。お互い忙しくて

あまり時間が取れないからって、咲音の食堂で会う事になってね」


「…田門クリニックのそばの、大衆食堂ですよね。

ついでに誠にも聞いてみたらどうです?」


「新藤君。もし良かったら、このデータ持って

クリニックの方へ一足先に行ってくれないか?」


「…へっ?」


晃の思いがけない言葉に、素っ頓狂な声で固まる新藤


「…もう、良いんじゃないかな?幼い頃から影日向となって

娘の面倒を見てくれたのも、君なりのけじめだったんだろうけど

浮世の義理は、充分に果たしたはずだ。誰も君の事を、恨んでなんかないよ」


「……」




言葉に詰まり、俯く新藤を後目に、身支度を整える晃


「…俺とお前…そして誠。この3人は、運命共同体だ。

我々の大切な姫君、恵を守るためにな♪

その恵の愛娘、咲音の晴れの門出だ。

お前が行かないで、どうする?」


ハッとして、顔をあげる新藤


「…始めない事で、終わらせない。それも立派な心意気だぜ?

やっぱり男として、カッコいいと俺は思う。」


「あんたって…底なしの良い奴な」

ボソッと呟く新藤に、晃は笑顔でその肩を叩き、揃って出て行く


「…先生と新藤さん、外出ですか?」

様子を窺っていた学生が、

ホワイトボードの「新藤 等」と書かれたネームプレートを裏返す…



最新記事

すべて表示
Ⅳ 院内コンサート

待合室や受付ロビーなど、至る所に飾られた七夕の笹飾り 虚偽も妄言も、本当の病も それぞれに苦しむ患者と、寄り添う医療従事者たちに、 一時の癒しになれば… そんな意向で始められた、伝統的なこの催し 山岡と倉橋が、公開講座を受講する学生向けの企画として 毎年のように行われている...

 
 
 
Ⅲ 渡り廊下

山岡と倉橋の両氏から、7月の院内コンサートに参加するように言われ 百花は下見を兼ねて病院棟に向かっていた 「…あら…メアリさん?」 渡り廊下の端っこで、黄昏ている人物に気づき 思わず声をかける 「!……あ」 呼ばれた相手はビクッとして、声のする方を見て驚く...

 
 
 
Ⅱ 大学病院

病室の扉を開けると、柔らかい陽射しに包まれている 部屋の主はベッドの上で、退屈そうに窓の外を眺めている メアリは無言で近づき、戸棚に入っている洗濯物を袋に入れて 持って来た着替えを仕舞う 「…お水、入れ替えてくるね」 窓辺に飾られた花瓶を手に、ボソッと呟き部屋を出て行く...

 
 
 

コメント


丸太小屋の階段を降りると辿り着く桜の木
bottom of page