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緊急搬送

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 4月26日
  • 読了時間: 5分

呼び出しを受け、山岡は急ぎクリニックに向かう




処置室では、外美子の胃洗浄が行われ


傍らでは小倉がAの気管挿管の挿入を終え、


点滴の指示を出していた




「…彼女から決して目を離すな。良いね」




山岡は小声で看護師に指示を出す





タクシーを降りると、理仁は慌てて走り込んでいった




「…お父さん!!」




処置室に向かうと、Bが駆け寄ってきた




その場に居合わせた、花と百花が会釈する


Bが座っていた長椅子に、凛子と花梨が座っていた




「どうしたんだ…いったい、何が…」




戸惑いながら問いかけると


Bは震えながら、話し出す




「…お兄ちゃんが…お兄ちゃんの声が聞こえたの…」











………………


…………




薬を処方され、家に帰ると外美子はいち早く


Aの異変に気が付いた




出かける前は、穏やかな寝息が聞こえていたが


今は微動だにせず、外美子の呼びかけに何の反応もない




慌てて身体を揺さぶり、起こそうとする外美子


その時、ベッドサイドに置かれた空っぽの水差しが視界に入る




(…!…)




愕然とし、蒼白となる




おそらくAは、外美子の恐ろしい行為に薄々気が付いていた


どんなに勧めても、すべてを飲み干す事はなかったのだ




残した水を捨て、水差しを洗いながら


毎日、毎時間、毎分…心の奥底ではホッとしていた




もう、こんな事はやめよう


絶対に、許される事ではない


大事になる前に、絶対にやめなければ…




外美子自身も、良心の呵責に苦しんでいたのかもしれない




「…どうして…まさか…全部飲んだの…?」




全身の力が抜けて、へたりこむ外美子


普段なら、嬉々として緊急外来のダイヤルを回していただろう


だが、どうしても自分の身体が言う事を聞かない






視界が真っ暗闇になり、呆然自失のまま


リビングに向かうと、冷蔵庫の奥から、薬の束を取り出す


手にしている処方されたばかりの薬も全て、ひとつずつ取り出す…




「…Aちゃん…ごめん…ほんとうに…ごめんね…


Aちゃんひとりで逝かせたりしない…」




薬を全部、取り出すと、フラフラと立ち上がり、コップに水を注ぐ


そして、いつもAに飲ませていたのと同じ量の洗剤を入れ


一気に飲み込んだ




少しして帰宅したBは、中の様子に愕然とする




外美子は吐血し、すでに気を失っていた




「……」




「…え」




ベッドで倒れているはずの、Aの声が聞こえた気がした




(お願い…お母さんを…助けて…)




…………


………………




「…うん…うん…/////」




Bの説明を聞きながら、嗚咽を堪えきれず


涙を流しながら、抱きしめる理仁




「でもね…」




Bの話はまだ続いていた





(…いや…いやだよ…)




10年前の哀しい光景がフラッシュバックして、


ガクガクと震え出し、身体が言う事をきかないB




どうにかスマホを取り出し、操作しようとするが


震えが激しく、番号を押す事さえ儘ならない




その時、突然ドアが開き、花梨が駆けつけてきた




「Bちゃん!!!…」




「ちょっと、花梨…って、え!?…大丈夫ですか!?


…大変!! 救急車…💦💦」




花梨の後を追ってきた凛子が、修羅場に驚き、すぐさま対応に当たる


直後に姿を現した花が、襖を開けてAを発見する




「凛子さん!…2名分の救急要請をお願いします!」




「な…何が何だか…💦光さんは、いったい、どうして…?」




ここまで流れに身を任せるしかなかった百花は


ようやく息をついて、光に問いかける




「…あいつに任せていたら、迷子になりかねんからな(笑)」




「……/////」




「光さんったら!大丈夫ですよ!さっきの数値も間違ってなかったですし……💦」


花がプンスカしながら口を尖らせていた




含み笑いをする光に、ほんの少し落ち着きを取り戻す百花だった






「…Bちゃん、大丈夫?」




花梨はBの腕をさすり、心配そうに見つめている




「か…花梨ちゃん…あんた……」




「今、救急車来るから……落ち着いて…ね?」




「/////な…なんで…私はあんたに…意地悪したのに…」




「…そんなの…もう、どうだっていいよ」




Bの身体をさすりながら、ほんの少し、笑顔になる花梨


震えながら、驚きを隠せない表情で見つめ返すB




間もなく、救急車のサイレンが近づいてきた





………………


………………………………





「ご家族の方でしょうか?先生からのお話があります。


こちらへどうぞ」




「あ…はい。」




看護師に促され、理仁は応接室に向かう




応接室では、山岡が待機していた









「主治医の山岡です。奥様の胃洗浄は終わりました。


Aくんは過度な栄養失調により、昏睡状態に陥ったと思われますが。


特段、命に別状はありません。直に目を覚ますでしょう」




「そうですか…この度は、御迷惑をおかけしました。


ありがとうございます」




山岡の言葉に、理仁は深々と頭を下げる




「まことに言いづらい事ですが…今後については


早急に決断をすべきでしょう。」




「……先生…はっきりと仰ってください」




「…奥様には、代理ミュンヒハウゼン症候群の徴候が


見受けられます。医学的には、まだ完全とは言えません。


最後の砦となるお子様への母性が、最悪の事態を


どうにか押し留めている状態です。どんな言葉で定義づけられようとも


大事な家族の命を脅かす、虐待行為に変わりありません。


これまで通りの生活を続けるのは、困難と言わざるを得ません。


我々には、この事実を通告する義務があります」




「はい…先生にお任せします。


実は…妻をサナトリウム施設へ入所させるつもりです」




「…出門クリニックの?…そうですか。それは良い」




理仁の言葉を受けて、山岡はホッとした


拳を握りながら、問いかける理仁の目は、まっすぐ山岡を見つめていた




「同じ空間で暮らす事はできなくても、家族には変わりない。そうですよね…?」




「そのとおりだよ」




「…!…あ、この度はどうも…」




ふいに背後から声がして、振り向くと


白髪の老医師、小倉だった


理仁は立ち上がり、深々とお辞儀する




「彼女が鬼行に手を染めたきっかけは、


ご主人という大事な存在に巡り会ったから、なんだろうね


彼女が嘘をついてでも、多くの犠牲を伴ってでも


どうしても失いたくない、そんな理想郷。それが


日々の暮らしにあったんだ。」




「………………」




「間違いではあるが、それもひとつの愛に違いはない」




小倉と山岡 2人の言葉を嚙み締めながら


決意を新たにする理仁だった




その後、警察からの事情聴取を受けたが、理仁や山岡を始め


医療側のバックアップがあること


外美子の容態を鑑みて、処分は保留とされた





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丸太小屋の階段を降りると辿り着く桜の木
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