鉢合わせ
- RICOH RICOH
- 2024年12月1日
- 読了時間: 6分
食堂―
大釜から炊きたてのいい香りが漂う
木蓋を開けると、もくもくと湯気が立ち上る
ふっくらと炊きあがったもち米に、黄金色の栗が埋まってる
(…うん。いい感じね♪…)
厨房でひとり、満足気に頷き、用意した木箱に
適量を詰めていく咲音
今日は拓海と一樹と静哉の3人がセッションライブなので
響子は昼間にケータリングのお弁当を差し入れに行き、その後は
そのままライブを楽しんでいる
そのため食堂では数量限定のお弁当を提供するのみで
時間的にも余裕がある
そこで、次のシーズン用の新たなメニューを考案しているところだ
(………)
試作品という名目で、少量取り分けた具材を綺麗に盛り付けていくのは
いつの頃からか、咲音の癖のようになっていた
プロモーション活動で多忙を極める亮
都内にいる気配すら乏しく、
彼のタワーマンションで一夜を共にして以来
まったく音沙汰がない
すべてが分刻みで動いている為、食事の時間すら覚束ない
その上、自分の為に注文したものを、食べ残すという行為すら忌み嫌う
亮の性格は十分に理解していた
それでも、またあの頃の様に、店に立ち寄ることがあるかもしれない
いつ、そんな日が来ても良いように、「試作品」という言い訳を作り
毎日のように小さなお弁当を作り続けているのだ
結果として、それが彼の元に届かなくても構わない。
それなら、自分が代わりに夜食にすれば良いだけだから…
「…亮さん、あんまり栗とか好きじゃないかな…
でも、季節ものとか、そういうのは意外と…喜んでくれそうなのよね…」
そんな風に独り言ちながら、その光景を思い浮かべるだけで
何となく微笑ましくなってしまう…
「…すみません。この幕の内弁当ひとつ、くださいな」
「…!…あ、は~い♪」
店の入り口から声をかけられ、厨房から顔を覗かせると
白衣を着た男性だった
「お待たせしました。いつもありがとうございます♪」
ビニール袋に入れて、会計をする咲音
少し前から、時折
食堂に顔を見せに来るようになったその男性
素性はよく知らないのだが、近くのお医者さんなんだろう…
なんとなく風貌は、亮に似ている…気がするんだけど…
そんな風に考えあぐねていると、彼の方から話しかけてきた
「どうもありがとう。実はね、私は君の事をよく知っているんだよ。」
「…!…え…?」
「君のお父さんが務める大学で、同期生でね。学部は違ったんだけど
サークルが一緒だったから」
「!…そうだったんですね!!ビックリしました…」
「それからお母さんとは、それ以上にお世話になっているかな。
同じクリニックで事務的な仕事をお願いしているからさ」
「…!…え、じゃあ…! ひょっとして、田門先生…ですか?
たしかに、いつも母がお世話になっております💦」
咲音は驚き、慌ててお辞儀をする
そんな彼女の様子を、にこにこと楽しそうに見つめる田門
「ここ最近、無断外泊が多いんじゃない?お母さん、心配しているみたいだよ」
「えっ…///い、いやだなあ…私だって、もう子供じゃないんですから💦」
田門の言葉に目を白黒させ、顔を真っ赤にさせて狼狽える咲音
「うん。私もそう思うよ。この店の食事はいつも美味しく戴いているしね。
お母さんには、心配いらないって言っておいてあげる♪じゃ、またね。」
いたずらっ子をあやすように、ウインクしながら
楽しそうに笑い、戸を開ける田門…
ちょうどそこへ、タクシーが停まり、中から亮と薔子が出てきた
「おや、君は…確か、どこかでお会いしませんでしたか?」
薔子を見て、ぼんやりと考える素振りを見せる田門
「え…(!!…やばっ💦)」
声をかけられた薔子は不思議そうに首を傾げたが
瞬間的に思い出し、ひきつった表情を浮かべる
その隣で、薔子以上に呆然としながら立ち尽くしている亮
「…あら?亮さん…お帰りなさい…」
店の中から声をかけるも、三者三様にギクシャクとした雰囲気に
それぞれの顔を見比べるしかない咲音
「…親父」
「………へっ?」
ぽそっと呟いた亮の言葉に驚いて、
咲音と同じように顔を見比べる薔子
「なっ…こんなところで、何してんだよ💢」
「何って…お前の住んでる家とか…通ってる店とか…
どんなかな~って…//////」
亮の剣幕に、恥ずかしそうに頭をポリポリ掻きながら
モジモジと俯く田門
「どんなかな~…じゃない💢
なんでそんな細かい事まで知ってんだよ💢
っていうか、咲音に何か用事か?こいつに何か、言ったのか?」
「…何も言っとらんよ。どうせなら、この娘のような良い子と
見合いさせれば良いのになあ…とは思ったけど♪」
「…はあ?なんだそれ…??」
「お前に言っても埒が明かないって、家の奴がうるさくてさ。
…でもまあ、それも要らぬ心配だな。思い出したよ、お嬢さん。
亮のマンションで鉢合わせしたんだよね。」
「(…ゲッ…💦)」
内心、かなり不味い事になったと焦りながら、
田門父子の不毛なやりとりに、呆然と固まり続ける薔子
「………………」
口元に手を当て、静かに考え込む咲音
「馬鹿野郎!!さっきから、何を勝手に💢💢
話をとんちんかんな方向に進めるな!!」
堪忍袋の緒が切れて、田門の首根っこを掴み、睨み付けて怒鳴る亮
「…な、なんだ、違うのか…?でも、あれだぞ。
こっちの可愛いお嬢さんは、ちゃんと大事な相手が居るんだぞ?」
「…!…//////」
田門のまさかの切り返しに、今度は咲音が目を丸くする
「こうやって毎日のように、弁当をこしらえてるんだ。あれは
相当大事な相手だな。」
そうやって田門が指し示すのは、咲音がつい先ほど作り上げた
試作品だった
「…あっ…い、いや、あの…それは…っ…💦//////」
思いもよらない展開に、何をどうすればいいのか
アタフタしながら、どうにか訂正しようとする咲音
「…毎日…?…へえ…♪」
田門の言葉を反芻し、ようやく落ち着きを取り戻した亮が
振り返り、ニヤッと笑う
「…ただいま、咲音。急ですまないが、今日の晩飯、頼めるか…?」
「…あ、は、はい…//////」
恥ずかしさのあまり、真っ赤になりながら
努めて冷静に手元を動かす咲音
「今夜は少し、時間に余裕があるから。店が終わったら
俺の部屋に行こうぜ。それまで待たせてもらっていいか?」
「//////…も、もちろんです…あ、良かったら
田門先生も、マネージャーさんも、それから、タクシーの運転手さんも
どうぞ。お茶をお出ししますよ♪」
最後には開き直り、営業スマイルを見せる咲音
「…あ…いや、私はクリニックがあるから、失礼するよ。」
「えっと…わ、私も、ちょっと他に行きたいところもあるんで…💦
亮、それじゃまた。時間になったらお願いします」
何かが盛大に間違っていた事に気づいた田門だが
特に取り繕う事もなく、店に来た時と同じような爽やかな笑顔を浮かべ
鮮やかに立ち去って行く
それに合わせて後ろ足で遠ざかろうとする薔子に、亮が目を細めて
じっと見ていたが、咲音の淹れたお茶を飲みながら、ぼそっと呟く
「…ま、仕事とプライベートは別だからな。お前も今日は、ゆっくり休め。
また明日。よろしくな」



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