Ⅲマーリとキーユ
- RICOH RICOH
- 1月2日
- 読了時間: 6分
かつて…
悲哀の元大悪魔、池端信人が最愛の妻、小原由奈と出会う
百年前の出来事
地球の行く末を見限った、宇宙を司る6つの意志により
人類を救うための新たな土地を探し出す役割を与えられ
誰も足を踏み入れた事のない、未開の地に降り立った、2体の悪魔
相思相愛で、固い絆で結ばれていた2魔は
ある時は天界から入り込む神々と戦に明け暮れ
ある時は土地に宿る精霊たちと宴を催しながら
いつの時も一緒に、蜜月の時を過ごしていた
やがて歳月が過ぎ去り、魔界との境界に扉を作り出した頃
ひとつの選択をしなければならなかった
新天地を管轄する魔界の王となるか
扉を守る守護魔となるか
マーリは魔王の道を選び、キーユは守護魔の道を選んだ
それでも、扉を守護しながら魔王となったマーリを警護するキーユ
2魔の絆に変わりはなかった
それからしばらく経った頃
地上に偵察に行った官僚魔から、思わぬことを聞かされる
地球からの移住をはじめた人間どもが、些細な事で諍いを起こし
その都度、治安に向かうキーユに対し、悪魔である事を理由に
すべての罪を彼になすりつけ、糾弾するようになっていると…
気にかかり、様子を見に行くが
姿を現したマーリに対し、キーユはいつも同じ笑顔で出迎える
なにも心配はいらないと…
マーリには分かっていた
笑顔で取り繕う彼は、いつでも血まみれで
その全身から声にならない痛烈な叫びを感じるのだ
マーリはキーユを抱きしめ、気づかれないようにその傷を癒す
そんな状況でも、マーリはキーユを手放せなかった
それほどまでに、愛していたからだ
それから数年後
天界との大きな戦いを終え、戻ったマーリは愕然とする
キーユが、姿を消していたのだ
マーリは魔力を駆使して探し出し、居場所はすぐに突き止めた
だが…
キーユの前に姿を現すことは出来なかった
悪魔に差し出す餌の役割を申し渡された女性に対し
周囲が向ける侮蔑の視線。ある時は、集団で襲い掛かり
暴言を浴びせながら暴行を繰り返す男ども…
あまりの卑劣さに業を煮やしたキーユは、思わず彼女を助けようとした
思わぬ誤算は、相手が天界に操られた奴らだったのだ
女の命を盾に、手も足も出すなと命じられ、女の目の前で、半殺しにされる
ボロボロの身体で目覚めた時、悪魔としての力をすべて使い果たし
女も、天界の神々も、すでに消え失せていた
自らの不甲斐なさを悔やみ、キーユは館へ戻る事も出来ずに
納屋に閉じこもり、世捨て人のように生きるしかなかったのだ
すべての事を悟ったマーリに、凄まじい怒りがこみ上げる
彼の流した涙は、その地に広大な湖を作り出す
そして、マーリは全ての魔力を封印させ、魔界から姿を消す
数か月後、人間になり果てた元悪魔、清(セイ)の前に
可憐な女性―聖花(セイカ)が現れる
全身全霊で清の傷を癒し、愛の歌を紡いでいく
聖花の優しさに、いつしか心が洗われていく清
気づけば、聖花のことを心の底から愛していた
2人の間に子どもが生まれ、平穏な日々を過ごしていた頃
清はかつて自分が存在していた世界の出来事を思い返す
そして、目の前にいる聖花と同じように、心から愛していた悪魔の事を…
思い出話のように、語って聞かせる清の前で涙を流す聖花
その瞳に浮かぶ涙に
その光の粒の輝きに
自らの意思で封印していた記憶を呼び覚ました清は愕然とする
いつも隣で、朗らかに微笑む彼女、聖花こそ
すべての魔力を封印させ、人間に姿を変えた大悪魔、マーリだったのだ
清は、聖花を心から愛した
聖花に愛を語り、その柔らかな口唇に何度もキスをして
何度も愛し合ったのだ
マーリを誠に愛していながら…
それは、あまりにも残酷な、マーリへの裏切り…
そんなマーリの隣に居続ける資格など、あるわけがない…
清にキーユの記憶が戻った事で、マーリの封印が解け、魔力が戻る
マーリは、なにも心配はいらないから、魔界に戻れと清を説得するが
決して首を縦に振らない
悔恨のあまり背を向ける清に、マーリもついには諦めるしかなかった
「お前に愛されないのなら…お前が戻らないのなら…
雌の性器を有する意味はない。雌の力は永遠に封印させる
その代わり、お前の事は見届けてやる。
お前が人間という短い生涯の果てに、老いて朽ち果てるまで…」
そうして、データ上のみに存在する、宙に浮いた地番を生成させ
清のことを監視し続けていた
………………
やがて、人間の男、池端信人として小原由奈と出会い
かつて清と暮らした家へ向かったのだ
急に訪れた信人と由奈が立ち去った後、暫くしてから
老人はハッとする
百年…
悪魔と人間 同じ地上に暮らしていながら
その時間はこれほどまでに彼らを隔てるのか…
悪魔の血を受け継ぎ、生れ落ちた彼らの子供は
その後すくすくと育ち、新たな命を誕生させている
せめて、その事を…伝えてやりたかった
マーリとの愛は、風塵に舞う程の儚い夢ではなく
目には見えなくても、しっかりと根付く大樹のような固い絆なのだと…
それから3年後
清は家に居ながら、ハッとする
自らの中に封印させた力がしきりに警鐘を鳴らす
次の瞬間、清は姿を消していた
………………
崖から転がり落ちる車体
カラカラと空回りする車輪
砂塵の舞う中、清が目にしたのは
変わり果てた信人の姿………………
雄だの雌だの…
悪魔だの人間女性だの………………
そんな拘りに、何の意味があったのだろう
理性を失う程の怒りに、魔力が暴走し、放出した炎に
焼き尽くされ、燃え上がる魂
「やめろ!!」
二度と聞くことが適わぬと思っていた声に、我に返るキーユ
「たとえ、お前であろうと、あいつを燃やす事だけは許さんぞ」
「………………」
溢れ出る涙を止める事もできず、振り返る
そこに居たのは、在りし日の美しい姿の大悪魔、マーリだった
「私のたった一度の願いを、聞いてもらえないか?」
すべてを達観したまなざしで、穏やかに見つめてくる眩いオーラに
キーユは言葉を失ったまま、見惚れている
「…ああ、いや…」
ふと、気恥ずかしさに視線を逸らし、同じく車外に放り出され
倒れたままの女に気づく
「…由奈は、私の妻だ。」
「そうか…お前が幸せだったなら、いいんだ。」
俯き加減で、口元に笑みを浮かべるキーユ
「…どうした?取り乱すなんて、お前らしくもないな」
マーリの揶揄する言葉に、キーユは気色ばむ
「馬鹿野郎!!冷静になんか、なれるか!お前の一大事に…!!!!」
「…閉ざしていた悪魔の力を思わず呼び覚ます…その程度には
お前の中に留まれたのか…?」
マーリの不遜な言い草に、キーユはようやく落ち着きを取り戻す
「…おい。あまり舐めた真似をするんじゃねーぞ。
お前が旅立つというなら、俺も逝く。そんな事も忘れたのか?」
どんなに距離を置こうが、住む世界が隔たれようが
お互いの根幹にある絆は、少しも途絶えていない
マーリはにこやかに笑い、改めて手を差し出す
「一緒に、行くか?」
「…!」
「この手を取るならば、二度と引き返せぬぞ。
私とお前で、由奈を護るのだ。永遠にな。どうだ?」
「…地上のことは、どうすんだ?」
「平気だろ?ほら…いるじゃないか。もう既に…」
マーリが視線を向ける、その先には
由奈の産み落とした赤子を抱く、聖の姿…
「…っておい、あいつ。由奈にまで色目使いやがって…💢」
急にプンスカして信人の姿となり、由奈の手を取る目の前の大悪魔に
キーユは苦笑いを浮かべる
「行くぞ、キーユ」
「…ああ」
キーユも笑顔で、走り出す
光の道筋に、太陽の熱が煌めいた瞬間だった

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