泡沫の日々
- RICOH RICOH
- 2024年12月1日
- 読了時間: 5分
風に煽られ吹き抜けた先に舞い落ちる、一粒の種
輪廻の中に刻まれた、幾多の記憶
静かに昇華させ、再び鮮やかに色づき始める
ゆっくりと花を咲かせ、見えてくる新しい世界…………
都会でも、桜の名所として名高い川のほど近く
閑静な住宅地にある、こじんまりとした家屋
まるで、小さなアパートを縦型に置き換えた感じのこの家
1階はキッチンとリビング、風呂場とトイレ
2階は寝室とウォークインクローゼット
これで全てだ
ウォークインクローゼットをリフォームし
防音と音響を兼ね備えたミニスタジオにしている
機材に囲まれながら、自由気ままに浮かび上がるイメージを
具現化させていく
空調を極度に嫌がる主のため、エアコンは必要最低限にしか
稼働させない。梅雨を迎え、じめじめとした湿度の中で
さすがに集中力も持続しない
煙草を咥え、扉を開ける
廊下をまたぎ、寝室に目を向ける
この部屋で唯一、日当たりが良く、小綺麗な和室
和布団に横たわりながら、タブレットを覗き込み、
世の中で起きている事象を隈なくチェックしている、この部屋の主
「光、起きたのか?」
「…ああ…」
気怠そうに応える光
「腹減ってるだろ?なにか作ってやるから、降りて来い」
蓮の言葉に、肩をぐるぐると回し首をストレッチさせながら起き上がり
髪をかき上げる光
「…花は?」
「仕事に行った。今日は、早めに上がれるそうだ」
「そうか…」
「…っておい、冷蔵庫の中、なんもねーぞ」
そう言いながら、戸棚を開き、イワシの缶詰を取り出して
スライスチーズを乗せ、電子レンジにかける
大葉を刻み、醬油を少し垂らして食卓に運ぶ蓮
「それなら、無理しなくていいぞ。あんまり、食欲ないんだよな」
狭い部屋に鎮座する黒革のソファーに座り、テーブルを適度に片付ける光
「ほれ。出来たぞ。ちょっとでも良いから食っておけ。
その後、買い出しに行こうぜ」
「…蓮…」
隣に座り込み、抱き寄せてサラサラの綺麗な金髪を撫で
口唇を重ねる蓮
「ほら。良い子だから、食えるな?」
優しく見つめる蓮に、光はようやく満足し、モグモグし始める
その時、タブレットが光り、LINEのメッセージが届く
「…花からか?」
「ああ。午後半休になったそうだ。それなら折角だ。
あいつも一緒に買い物に行こう」
蓮からのキス、そして、久しぶりに花と過ごせることが嬉しいのか
途端に元気になる光に、蓮はほくそ笑む
…夫婦になろう。妻となり、笑顔の花を咲かせてくれ…
彼の地で、交わしたプロポーズの言葉
その後、3名が入手したのは、
未来の人間界行きのパスポートだった
要職を辞して、強大な魔力を全て封印させ、
人間としての生活を始めたのは、ほんの数か月前。
もともと、切り替えの早いタイプで、ラジオのパーソナリティや
脚本家など、マルチに才能を遺憾なく発揮させ
忙しさは相変わらずだ
地球の重力になじむまで、筋肉痛のような気怠さが続き
昼夜逆転の生活リズムから、なかなか抜け出せない
食の細さも相変わらずで、隙あらば甘えてくる光に
甲斐甲斐しく世話を焼きながら、にこやかに受け入れる蓮
紫煙の香りに包まれながら抱き合い
昼下がりの情事に酔いしれる光と蓮
「お疲れさまでした。お先に失礼します」
タイムカードを切り、オフィスを出る花
電車に揺られ、数駅のところで降り、改札を抜けると
柱の陰で待ち構えている存在に気づき、笑顔を見せる
「光さん…わざわざ迎えに来てくれたんですか?」
「おかえり、花。お前の時間に合わせ、一緒に買い出しに行こうと思ってな」
「あっ、いけない…冷蔵庫空っぽでしたよね💦ごめんなさい」
「大丈夫だ。蓮も店の前で待っているから、行こう」
恐縮する花の髪を撫で、手を繋いで歩き出す光
肩越しに、そっと見つめる花
ミニトマトにズッキーニ、アボカド、
レタス、青葉……
一通りの野菜や食品をカゴに入れながら
店内を練り歩く
「…そうだ、これも買っておこう」
ふりかけの瓶を選び、カゴに入れる光
可愛らしい素振りにクスッと笑いながらレジに向かう花
「いらっしゃいませー。あら!花ちゃん💕今日はいつもより
早いね🎶光さんと一緒?良いわねえ~」
パートに入っている顔なじみの薔子が
レジ打ちしながら気さくに声をかける
「こんにちは(*^^*) うん。今日は半休だったの。
薔子ちゃん、後でまたLINEするね」
「OK~。はい、お会計はこちらでお願いします✨」
………
久しぶりに取れた休日
その日、光と蓮は花を連れて、電車に揺られ
少し遠い町に出かけていた
梅雨の晴れ間で、高く昇った太陽の日差しが照りつけ
アスファルトは熱を帯びて乱反射している
それでも空調の効いた電車内は過ごしやすく
ウトウトと居眠りをしている花
やがて電車はこじんまりとした駅に到着する
特に目的のない旅だったが、ちょうど花が目を覚ましたので
降りてみることにした
小さな個人商店が遠慮がちに点在する他は
なにもない長閑な街
少し歩くと、ぽっかりと現れたコンサートホール
中から聞こえる音に惹かれ、入ってみる
暗がりの中、1番後ろの客席に座り、音楽を楽しむ
「…へぇ、悪くないな」
「この辺りに住む学生たちの演奏会のようだな。」
奏でられるサウンドに包まれた、特別な空間。
それはまるで、デパートのショーケースに飾られた石ではなく
公園の秘密基地で見つけた宝物のような時間となった



コメント