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カルテ

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 4月26日
  • 読了時間: 3分

Aの母親。IBS(過敏性腸症候群)の傾向にあり


医学的にアレルギー判定を受けていないバラ科食物に


強い拒否反応が出る。


夫のささいな言動に過度に神経を尖らせ


それを回避できない、あるいは自信のなさ、自身の弱さを


「病弱な息子を世話する優しくて立派な母親」として


振る舞う事で補おうとする為に、Aのジュースに


自分用にストックしていた市販薬や洗剤を混ぜて飲ませ続けていた




虚言性障害(ミュンヒハウゼン症候群)


自分自身に負わせる身体的または心理的な徴候と症状の捏造・ごまかし


自身に大病に苦しんだ過去があり、自分自身が怪我や病気であると偽り


周りの人の気を引いたり同情を買うことで精神的に満たされようとする


人間関係を病気のせいにすることで自尊心を維持しようとするための行為




代理ミュンヒハウゼン症候群


上記のミュンヒハウゼン症候群の徴候が自分自身ではなく


周りの人間や自身の子供に負荷を負わせることで対価(周囲からの同情や注目)を


得ようとする。




「……」




PCにカルテを入力しながら、深いため息を吐く




「煮詰まってるようだね、晃あきら先生」




いつの間にか、背後で磯部団子を頬張りながら、お茶を啜る小倉




該当の患者は、長い間、軽微な症状で大学病院を受診し


多額の検査費用を惜しまなく支払い、豊富な新薬の治験モルモットに


成り果て、それでも尚、外来受診を繰り返す『厄介な患者』として


匙を投げられ、小倉クリニックに無茶ぶりされた人物だった







病院長による姑息な闇に光を当てた事件から半年。


これは一種の嫌がらせだろうか…




まあ、白亜の巨塔ならではの、よくある事だ




山岡 晃は診たてた直後に、重大な懸念に気づいた


関係する医療機関にもすでに周知徹底している


処方する薬はすべてプラシーボ。どんなに血相を変えて飛び込んでこようとも


右から左へ聞き流し、時間が過ぎるまでひたすら耐える




事象が患者自身に留まっている内は、それで事が済む案件だった


唯一の懸念は、患者以外、つまり身内にその影響が出る事


患者以外の他者に向かった場合、それは茶飲み話や笑い話ではすまないからだ


そのため、患者自身の家族構成・私生活まで踏み込んで調べ上げている




なに、そんなに難しい事ではない。


悩みに寄り添う「聞き役」に徹する事で


患者みずから喜んで洗いざらい独白してくれるからだ




変化は突如現れた




患者自身を愛し、共に生きようとする伴侶が現れた事


その愛しい相手に優しく諭され、依存していた薬物から


少し距離を置こうとしているという事




すべての原因が、患者自身の精神力の弱さにあり


そこにメスを入れる事で掬い上げられるのであれば


それに越したことはない。


ただ、それにより「必要がなくなった」はずの薬の行方…


反比例するように耳にすることが増えた、病弱な子どもの看病話




気がかりは杞憂に留まらず、残念ながら現実問題として


もう既に起きていたのだ






ただ、ここから先はどうすれば良い?


秘密裏に被害者に辿り着くには、果てしない壁がある




だからと言って、手をこまねいているだけでは


現実として目の前に周知できた時には手遅れの場合もある




「…やはり、このままでは駄目だ。せめて情報だけでも…」


山岡は打ち込んだ情報をプリントアウトし、クリアファイルに保管すると


颯爽と立ち上がる




「…深い傷を負い、標を失った者に勇気を与え、笑顔の花を咲かせる。


そんな芸当が出来る者の事を、ヒーローという。晃先生。


どうせ、ダメ元な案件だ。気負わず、スパッとやろうな」




「…それじゃ、僕はこれで失礼します」




現役の頃から、小倉オヤジの言葉で幾度も気が楽になり


多くの栄冠を勝ち取った。肩に力が入りすぎなのを自覚し


苦笑いしながらクリニックを後にする山岡だった




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