梅の霊
- RICOH RICOH
- 3月18日
- 読了時間: 4分
Aは、ひとりで病気がちな自分を育ててくれる母親に
とても感謝している。忙しい家事の合間にも、献身的に看病してくれる母親
最近は、お薬も減らしていいってお医者さんに言われてるんだ
でも、もっと健康な体になるために、特別な水まで用意してくれる
Aのためにビタミンを混ぜた特別な水なんだって。
大好きな母親が、僕のためを思って作ってくれた手作りなんだ。
だからちょっとぐらい苦いのは我慢して飲むよ
昨日もまた、熱を出して困らせちゃった
いつもより水の色が黄色っぽかったんだ
すこしビタミンを増やしたからねっていうんだけど…
誰にも秘密だよ。ごめん、僕、この黄色い水、ちょっと苦手なんだ
飲んだ後、いつも苦しくなるんだ
だから、あんまり飲まないようにしてるんだけど
僕が飲み終わるまで、ずっとね…お腹さすってくれるから…
夜中に息苦しくなり、僕は気を失った
そこでいろんな夢を見たんだ
気がつくと、突然他人が入り込んでくる
PC前にブランケットを頭から被り
座り込んでる人 性別不明
ニヤニヤしながらベッドに上がり込んでくる
黒人数名 性別不明
男同士なのか女同士なのかも分からず
勝手に目交い始める彼等
たくさんの、人たちが
勝手に出入りしてくる
言葉を交わした人は老齢の女性
困り果てる僕に、優しくお辞儀してくれた
何度も何度も目覚める度に
場面が転換し、また奇妙な人たちに
流されそうになる
必死にもがき、元に戻りたいと思うが
抗えない何かに引き摺られ、また気がつくと
元いたベッドで目覚める
だがまた、色んな人物が湧いて出てくるのは同じ
叫びそうになる
でも何かに押しつぶされ声にならない
途中で思いつく
今まで繰り返した手順を逆向きに進んでみよう
きっとそうだ!
そうすれば元に戻れる!
僕だけの場所を取り戻さなければ!!
……
……
気がつくと、自宅の寝室
家族はすでに出かけており
たった1人、静かな和室で目覚めた
「…?」
ふと、部屋に漂う甘酸っぱい香りに、辺りを窺う
「…!…」
びっくりして起き上がる。だって…
「あ、あの…」
恐る恐る、俯き加減で呼びかける
そこに居た女の人は、いつも母親が使うベッド脇の椅子に腰かけ
ヒラリと足を組む
「…叫びたいと思った事はない?」
「…え…!」
Aの疑問には何も答えず、ただ核心のみを話す彼女
「…自分の場所を取り戻したい…確かに君は、そう言ったよね?」
「…////」
思わず真っ赤になるA
だってさ…なんでこの人、知ってるの?
たった今、夢の中で叫んだ、僕の言葉を…
動揺するAの前で、じっと見つめていた瞳を閉ざす…
刹那
もう一度、目を開くと、今度はAを通り越して
その奥のチェストに置かれた水差しを捉える
「…あれは?」
「…お水だよ。僕のお薬代わり。」
「そう…これは、私からのお見舞い代わり」
「え?」
戸惑うAに構わず、すくっと立ち上がると
彼女は自分の髪の毛を一本抜き、ふぅっと息を吹きかける
たちまち、目の前に鉢植えの白百合が現れた
「!!…」
びっくりして固まるA
彼女はその鉢植えをチェストに置き、水差しを持ち上げ
Aに振り向き、こう告げた
「真実を知るといいわ。残酷だけど…」
鉢植えに水差しに残った水を吸わせた瞬間
瞬く間に枯れ葉となり朽ちていく白百合
「!」
Aは、その現象に驚き、また
世にも恐ろしいものを見た表情で震え出す
本当は…気が付いていたんだ…
でも…気のせいだと思っていたかった…だ、だって…
あまりの事に、Aの意思がA自身の身体から抜け出し
ふぅっと目の前から消え去った
「………………」
部屋の境界線が消え、目の前は闇一色の世界
Aが駆け出して行く魂の行く末を見届けながら
口元に手を覆い、うずくまる彼女
「…ゴホッ」
鮮血を吐き出し、息苦しさが増していく
彼女が最期に願ったのは、どうか世界に被害が向かわないよう…
あの方にこれ以上の苦しみを与えないように…
その帰結がこの結果ならば、甘んじて受け入れたい
これ以上の悔いはない…
やがて意識が朦朧として、倒れ込む…
…お別れです。今度こそ…

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