Ⅱ 毒蜘蛛
- RICOH RICOH
- 2024年12月24日
- 読了時間: 4分
スタジオー
パチッ パンッ ザーッ…… カンッ パンッ
静かな部屋に、不規則な破裂音
不可解な摩擦音が無遠慮に入り交じる
音に敏感で、さらに譜面のクライマックスをインプットさせている
百花にとって、集中力を妨げるノイズでしかない
その都度、ビクッと身体を震わせ
ノイズを発生させているモノに視線を向ける
視線の先にいるのは故障した機材でもなく、
日常に溶け込む生活音でもなく
間違いなく人間の女だ
限界値をはるかに超えた百花には
命を持たない物体にしか映らない
突然姿を現したかと思うと、倉橋の知り合いだという
彼の不在を伝えても、戻るまで待たせてもらうと
百花を押しやり、無理やり上がり込んできた
プライベートな居室よりも、スタジオの方がまだマシかと
仕方なく応接間に通した。
百花はそのまま中央の部屋に戻り
譜面のインプットを再開した……
女はイラついていた
手持ち無沙汰で、何度もスマホを操作しては
見飽きて放り出す、を繰り返す
女が手にするスマホには、不釣り合いなチェーン
(ハンドバッグの取手をリメイクさせた風)がついており
何かをする度にテーブルに激しくぶつかる
百花を困惑させているノイズは、
チェーンが叩きつけられる音なのだ
音を発生させてる諸悪の根源は
部屋中に響き渡るノイズに全く気づかない様子で
画面を見遣り、また放り出し、を繰り返す
そのテーブルには、百花の淹れた紅茶のティーカップ
みみっちく狭いキッチンで、馬鹿らしくなるような
貧相なカップを見ても、全然楽しくない
所帯じみた行為は自分には必要のない事で
何の興味もないのだ
そして、テーブルの向かいにある、小洒落たソファ…
…ま、そんな事はどうでも良い
しばらく待っても、目的の人物は一向に姿を現さない
大げさに遠慮ないため息をついて、女は立ち去って行った
百花の淹れた紅茶には、一口も手つかずのまま…
スタジオはようやく、元の静けさを取り戻したが
多くのエラーを撒き散らされた百花は、その衝撃から回復できず
譜面を閉じて、帰ろうとした
「………」
めずらしく心をかき乱され、苛ついているのが分かる
やや乱暴に扉を開ける
「ぅおっ?」
「!…あ…」
扉の前に居た倉橋は、勢いよく出てきた百花とぶつかりそうになり
驚いて声をかけた
「…忘れ物か?」
レッスン時間はこれからだ。
不思議そうに首を傾げながら、問いかけると
俯きがちに視線を泳がせている
「…何かあったのか?」
「………」
渦巻く感情を上手く説明できず、ただ倉橋を見つめる百花
いつの間にか、多くの騒音、雑音が消え失せ
穏やかさを取り戻した部屋の空気に、ようやく落ち着いた
………………
「…え?」
しばらくして、来客があったことを告げた百花
「先生のお知り合いだと…少し前まで
このお部屋にお通しして、お待ちでした。」
「………」
職業柄、スタジオへ訪れる客は少なくないが
業界関係者ではない事は、百花の様子で察した
「…百花。おいで」
倉橋は百花を抱き寄せ、優しく髪を撫でる
「今、このスタジオで受講しているのはお前だけだ。
そして、無断で居室に上がり込むほど親しい知人もいない。
お前は何も気にするな」
(…壁さえスルーパスで入り込んでくるのは、あいつらだけで十分だ…💢)
「…いえ、先生にも事情があるでしょう?
ちょっとビックリしましたけど…ただ、うるさい物音が迷惑だっただけで…💦
これまでの記憶まで破壊されてしまいそうで…」
倉橋の腕にしがみつき、インプットさせた情報を取り出そうと試みるが
思ったとおり、バグの嵐…あまりの悔しさに涙まで浮かべる百花
「…おやおや(笑)余程、お困りのようだな?
僭越ながら、力を貸しましょうか?お姫様…?」
ニヤッと微笑み、百花の口唇を塞ぐ…
そして、いつものソファではなく、寝室のベッドに横たわらせ
身体の隅々まで愛撫していく
深く繋がり、これまで百花が映し出してきた絵物語を
新たな記憶として送り込んでいく…
何度も繰り返し…甘く…優しく…
その日、レッスンが始まる事はなかった…
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