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Ⅱ スタジオ

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 2024年12月24日
  • 読了時間: 6分

スタジオ―


玄関扉の前に、黒塗りの車が一台、停まっている


グランドピアノが置いてある中央の部屋の奥は

高度なマイクが設置されたレコーディングブース

透明な壁を隔てた手前の編集スペースで

夥しい数のボタンとレバーが配置されたデッキに音源を差し込み

倉橋がヘッドセットを装着して意識を集中させている


隣に佇んでいた男は我慢しきれず

キッチンに移動し、換気扇を回しながら紫煙を燻らせる


「…蓮ちゃん?…ああ、いたいた。はい、お待たせ。」

資料を片手に、倉橋が声をかける


「…とんでもない。無理な依頼をしているのはこっちだからな。

毎度のことながら、すまないな。…で?どうだった?」


「4,5人に取り囲まれ、振り払うように右往左往している内

突進した先に、偶然居合わせてしまった…多くの人が混み合う場内では

逃げ場もなく、防ぎようのない事故…だろうな。

ま、不問にしてやったらどうだ?」


「…ウォルから聞いた話と倉ちゃんの見立ては一致している。

これならどうにかなるだろう。サンキューな。助かった♪」


「それにしても…ライブ会場に居ながら、演奏はそっちのけで

観客同士の喧嘩で場外乱闘を起こすような奴もいるんだな。

同時刻、その近くで発生している不協和音には、吐き気がした」


倉橋の物言いに、蓮は肩をすくめながら扉を開ける

「ああ、そっちの事ね。呆れるだろ?愚かな人間同士のイザコザは

俺様の範疇外。警察に丸投げしときゃいい…じゃ、またな」




倉橋 勇は、もうひとつ、裏の顔を持っている


世の中に溢れる生活音や、商店街に流れる音、様々な空間を彩るBGM

それらの響きを繊細に聴き分けることで、その場にいた人間の数、動きなど

その場の風景を描き出すことが出来る

街中に設置されている防犯カメラに匹敵する能力は、

迷宮入りしそうな事件の解決に大いに役立つため、彼の自宅スタジオには

ブラックスーツに身を包む男たちが頻繁に訪れる


特殊な依頼を持ち込んでくるのは

一般的な傷害・殺人事件を扱う警察ではなく、

芸能プロダクションの関係者だ。

主にタレントやミュージシャンたちが

活動拠点とするライブ会場などで起こる事件、事故の

内偵調査を秘密裏に頼まれる


無用なスキャンダルに晒されることも少なくない彼らの

名誉と尊厳を守る為の大事な鍵となるのだ


さらにもうひとつ、誰も知らない、ある存在の器としての顔……




深夜、月さえ見えないの暗がりの中、スタジオに明かりが灯る


扉が開いた気配もなく、いつの間にか部屋の中に

姿を見せる2つの影


昼間に収録した、百花とのデュエットの音源を編集していた倉橋は、

空気の振動を感じて振り返る


「…そろそろ来る頃かと思っていたよ。」


毎度の事ながら、やれやれと呟き

薬缶にコンロの火をつける





「…久しぶりだな。元気そうだな?」


問い掛けに無言で頷き、肯定を示しながら

テーブルに淹れたてのお茶を差し出す


声をかけた男は、隣にいる女性を促しソファに座り込む


昼間、百花としっぽり抱き合ったソファではなく

応接用の革張りのソファだ


「……」


目の前のソファに残るオーラに気づいたものの、

とくに何も言わず、ただ口元に手をあてて佇む女性に

改めて微笑む


「…あんた達も元気そうだな…花ちゃんも相変わらず、綺麗だね」


倉橋の言葉に、ニヤッと笑い、彼女の髪を撫でる男

「良かったな、花。」

「も、もう…光さんったら…///」


ルーツは同じでも、悪魔と人間では根本的にそのオーラも桁違いに異なる

ここ最近、故郷である雷神界に訪れ、リリエルたちと過ごした

それ以来、肌艶の違いを痛感していた花である。


光のオーラを注ぎ込めば、そんな悩みは解消できるのだが

人間界で過ごしていく以上、周囲に不自然じゃない程度に溶け込ませるため

微調整は欠かせないのだ


「…イザムちゃんとの再契約だな?」


甘い空気を醸し出す2名に呆れながら、倉橋は話題をそらし、用件を尋ねる




「そうだ。最高魔軍の活動が終わり、あいつらは魔界に戻ったからな。

個別活動用の器として、正式に依頼したい」


「…承知した。」


差し出された契約書にサインする


「交渉成立だな。…では、さっそく…」


光は立ち上がり、儀式を済ませる

悪魔の魂が乗り移った倉橋の姿に、懐かしそうな表情を浮かべる花


(…イザマーレ会長…♪)


『なあ…ひとつ、条件というか頼みがあるんだが…』


意識下に潜りこんだ器の声が聞こえる


「…うん?」


『プライベートな時間には、独立させてくれないか?』


「…花は吾輩の妻だし、お前の女に手を出すつもりもない。安心しろ♪」


クククッ…と笑いながら、器を抜け出し、元の姿に戻る光


「数年ぶりだからな。リハーサルは大事だろ?」


倉橋はホッとため息をつきながら、力なく座り込む


「イザムちゃん…時々は降りて来てくれるんだろ?」


「当然だ。我々の力だけでは限度があるからな(笑)ただ…

リリエルと扉を消す、その時間は護ってやりたいからな」




「あ、あとさ…」


花を促し、立ち去ろうとしていた光が振り返る


「この事を…教えても良いか?やっぱ、事前に伝えておかないと

誤解を生みかねないし…」


倉橋の脳裏に浮かぶ百花の姿に、光は即答を避ける


「…見定めさせてもらう。そうだな。この次のお前の舞台に

お誘いしよう。花もいるから心配するな。それで良いか?」


「…分かった。それなら事前に一度、事務所に連れて行く」


「邪魔したな。花、おいで。行くぞ」


納得した倉橋を後目に、花を抱き寄せた瞬間、光は姿を消していた




………


タワマンの一室


「ご苦労だったな、花。疲れてないか?」


帰宅した直後、花を抱きしめ、髪を撫でる光


「光さん…勇さんがあんなこと言うなんて…珍しいですね」


「新しい恋人の事が、よほど大事と見えるな。」

「…あ、やはり…なんとなく、気づいていたのですが…///」


倉橋の応接間で感じたオーラの正体が分かり、スッキリした表情を見せる花


「才能もあるんじゃないかしら…面白そうな逸材なら

亮さんたちとコラボさせてみるのも、良いかも…♪」




まだ見ぬ姿を想像して、ワクワクし始める花

その頬にチュッとキスする光


「///…」


キョトンとして固まる花

そのままベッドに押し倒し、優しく口唇を合わせ舌を絡め合う…

そっと口づけを止め、見つめ合う


本来の悪魔の姿に喜んでいた花の心の声を、

余すことなく聞いていた光


(お前が望むなら、どちらの姿でも構わないが…)


今や、人間の姿の自分にも、濡れた瞳で見つめ返す花

フッと微笑み、愛撫を深めていく

光と花のオーラが重なり、ひとつに溶け合う…


いつもと何ら変わらない景色に安堵しながら

夜が更けていく…




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Ⅴ 楽屋

多くの関係者が行き交う喧騒の中、花に付き添われ個室に向かうと 中に居たのは亮と咲音。 「亮さん、そろそろ時間よ。百花さんと一緒に行きなさい。 咲音さんはこちらにどうぞ。私たちと一緒に観覧しましょう。ね?」 朗らかに微笑みながら、てきぱきと指示を出す花に...

 
 
 
Ⅳ スタジオ

グランドピアノの前で、譜面と対峙する 静かで穏やかな時間は相変わらずだ 「…どうにか…インプット出来たかな…」 身支度を整えていた倉橋は、百花の呟きに微笑む 「お♪時間ギリギリだな。さっそく、お前の声を聞いてやりたいが…」 忙しなく時計を確認する倉橋に、百花は首を横に振る...

 
 
 

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