ももの出会い
- RICOH RICOH
- 3月3日
- 読了時間: 3分
スタジオ―
午後の穏やかな陽射しが射し込む中、
倉橋 勇の奏でるピアノに合わせて、百花の歌声が響く
………………
「…ふぅ…」
「(笑)…どうした?」
通しで歌い切り、深いため息をつく百花に
ほくそ笑みながら問いかける倉橋
「ロマン派や古典派…この頃の時代の作品は、どれも
理に適っていて、歌いやすいです。…とういうか、きっと
この時代のフレーズを歌うために生み出されたものが
声楽の発声方法なのでしょうね…」
「…まあ、そうかもしれないな」
「…現代の人が作る、特に日本語の曲は
複雑すぎます…っていうか、この人
絶対にソプラノを敵視してますよね?(^-^;
なぜ、こんな高音域で、ピアニッシモを歌わせるのでしょう…」
肩を落として項垂れる百花を後目に、倉橋はキッチンでお湯を沸かす
「やれやれ。困ったお姫様だな。
お前に見放されたら、この譜面に込められた風景は
世に出る事もなく、埋もれていくだけだぞ?」
「…あ、先生。私がやりますよ」
そう言って、ティーセットを取り出す百花
気分を変えるため、今日はアップルティーだ
今までは、どちらかというとストレートか
ブラックコーヒーを好んで飲んでいたが
最近は、気分に合わせて様々なフレーバーを楽しむようになった百花である
「…ふぅん…良い香りだな」
「(´∀`*)ウフフ…あ、先生、林檎は好きですよね?」
「もちろん。紅茶にするより、果実の方が好きだけどな(笑)」
キッチン横のソファーに座り、静かな時間を楽しむ2人
「…あら?先生…あそこ…」
何かを見つけて指を差す百花
倉橋は黙ったまま、その方向を見遣る
「…ん?なんだ?」
キッチン部屋の窓ごしに、こちらを覗いている2人の子ども
「…こっちを見てる…迷子かしら」
「ん?…っておい、百花?」
戸惑う倉橋を置いてきぼりにして
百花はスタジオの扉を開け、窓の向こう側にある路地に向かう
「…こんにちは」
怖がらないように、なるべく優しく声をかける百花
2人は緊張した面持ちで、
ぎこちなく手を繋いで立ち尽くしたままだ
「あなたたち…お名前は?」
「…あんず…こっちは、いちごちゃん」
手前にいた女の子が、小さな声で応えた
百花はしゃがんで2人の目線に合わせ、微笑む
「あんずちゃんといちごちゃんね?
かわいらしいお名前ね。私は『ももか』って言うのよ」
百花に褒められたのが嬉しいのか
杏子あんずに隠れるようにモジモジしていた一檎いちごが大きく頷く
「ままの『わめい』もかわいいよ。りんごっていうの」
「わめい?」
「うん。『わめい』。こっちで呼んでいい名前なんだって」
(……)
「いちごちゃん、ちがうよ~。ままの『わめい』は『りんご』じゃなくて
『りんこ』だよ」
小さな子供の話だ。不可解なのは仕方ないのだが
反応に困りながら愛想笑いを浮かべる百花
「そっか。素敵なお名前だね。2人とも、どこから来たの?
ママは?近くにいるのかな?」
「まま、大変なの。ぱぱが足を怪我して入院しちゃったから
今はお見舞いに行ってる」
「え?…あ、そうなんだ。」
子供ながら、きちんと説明できる杏子に感心する百花
(…てことは、大学病院にいるのかしら…)
「いっちゃんたち、あそこから降りてきたんだよ」
雲ひとつなく晴れ渡る青空を指さす一檎を見て、驚く百花
(……え?)
「お嬢ちゃんたち。良い子だね。
良かったら、お部屋に来ないかい?
ママが来るまで、居たら良いよ」
いつの間にか、百花の背後に来ていた倉橋が声を掛ける
「先生…良いんですか?」
「ああ。あいつらには、俺から連絡しておくから」
百花には鷹揚に応えるが、内心、苦笑していた
何やら、いや~な予感がしたのだ。
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