ももの部屋
- RICOH RICOH
- 3月11日
- 読了時間: 6分
更新日:3月18日
ももの部屋
タワマンARCADIA12階の一室
アップライトピアノの前で、譜面と向き合う百花
(グランドピアノにすればいいのに…)
そう言いながら、荷物の整理を手伝ってくれた
倉橋の卑屈っぽい笑顔が目に浮かぶ
「グランドピアノの音が恋しくなったら
勇さんのスタジオをお借りしますから…」
切り返す百花に、さらに目元を細めた彼の顔が近づき
吐息と共に重なり合う口唇……
気恥ずかしくて、咳払いしながら譜面に集中する
(私の本業は歌だもの…贅沢は要らないわ…)
「…ももちゃん…」
ふと、声がして顔をあげる
「…あら?お2人さん、いらっしゃい(^^)」
いつの間にか、杏子と一檎が背後のベッドに腰掛けていた
百花は笑顔で立ち上がり、冷蔵庫からジュースを取り出し
コップに注ぐ
………………
倉橋のスタジオ前で、初めて彼女たちと出会ったあの日
部屋の中に案内し、なにか、おやつでも用意しようとした矢先
見計らったようにインターホンが鳴り、蓮が訪ねて来た
「倉ちゃん、すまない。急な事で申し訳ないんだが…」
「来ると思ってたよ。どうぞ」
ある程度、解っていたかのように淡々と招き入れる倉橋
「あ、百花。お構いなく。」
お茶を淹れようとした百花に断りを入れて、早速本題に入る蓮
「さっき、ここに現れた奴らは、魔界の者だ。」
(…やっぱりな)
「あ…なるほど…じゃあ、えっと…あの子たちも悪魔、なんですね?」
左程驚きもせず、腑に落ちた表情を見せる倉橋の隣で
百花も納得しかけたが、一応質問する
「あ、いや…こりゃまた複雑なんだが…お2人さんなら良いかな。
正確には悪魔じゃない。人間でもない。」
「………………」
なるべく冷静に、言葉を反芻し咀嚼しようとする2人
「あいつらは、魔界で暮らす『人形』だ」
「「…ほお…」」
あまりの事に、同時に呟く2人
「魔界にいる人形は皆、自我もあるし、自分の意思で言葉もしゃべるし
行動もする。…それは実は、人間界でも同じだ。ただ、多くの人間は
目にする機会はほとんどないだろう。」
「「…なるほどね…」」
またしてもハモるお師匠様と弟子
「それ以上に、魔界に属性を持つ人形を、目にする人間もほんの僅かだろうな」
「…その通り。さすが倉ちゃん♪」
調子のよい誉め言葉に素直に喜べるほど、純粋でもない倉橋は
げんなりするが、気に留めず、続ける蓮
「だから、本来奴らがどこにいようと、我々はあまり関知しない。
放っておいても、気が済めば勝手に帰るだろう。」
「…そうなんですね…」
「だが、面倒になるのも避けたいから、ARCADIAの中だけで
過ごさせるようにする。普通の人間には、存在すら見えない。
見えるのは我々とお2人さんのような特殊な能力がある者だけだ。
もしも姿を見せたら、ジュースか何かを飲ませてやれば、気が済むと思うんだ」
「…仲良くしても、問題はないんですね?」
「ああ、手間かけて申し訳ないが、よろしく頼む」
………………
蓮の言葉を思い返しながら、振り向くと
足をプラプラさせながら、可愛らしくキョロキョロと
周りを眺めている。
百花の差し出すコップを受け取ると、美味しそうにゴクゴクし始める
「…クスクス…喉乾いてたの?何処で遊んでたのかな?」
譜面を見ながら優しく問いかける百花
「たかーいお部屋にね…あ…あん…あ、な…」
「ん?」
途中で不自然に吃る一檎に、百花は首を傾げる
「いちごちゃん、ちがうよー。はなちゃんだよ」
「…ちがわないもん、あ、な…ってみえたもん!」
杏子に言われ、ぷぅと膨れっ面になる一檎
「…あ、もしかして、花さんのことかな?」
そう閃いた百花に、少しの喧嘩も忘れ、ニコニコと頷く2人
(そうよね、あなた達の姿が見えるとしたら
彼女くらいしか、思い当たらない…)
「は、な、ちゃん!いっちゃん、は、なちゃんもだいすきー。」
「うんうん。私も好きよ。優しいよね」
「あのね、ももちゃん。はなちゃんが、ももちゃんとお話したいって。」
「え?」
杏子の言葉に思わず聞き返した途端にスマホの通知音が鳴る
「あ、本当だ(笑) それで、知らせに来てくれたのね。
ありがとう!じゃ、ちょっと行ってくるね。」
「はぁーい。行ってらっしゃい(*^^*)(*^^*)」
2人のニコニコ笑顔に促され、百花は準備を始める
(あ、だけど…どうしたらいいのかな…)
お人形さんとはいえ、小さな子供に見える百花には
部屋にそのまま放って行くのは抵抗がある
考えあぐねていると、
ピンポーンとインターホンが鳴った
「…はい、あ…蓮さ…あ、いえ、違う…?」
玄関の前に立っていたのは、蓮によく似ているけれど
どこか違う…ような気がした
「どうも!はじめまして♪ お邪魔虫な奴らを引き取りに参りました♪」
やけに明るい口調だが、眼光鋭い目で、ニカっと笑う
そして、やたら長い脚で百花の前をすぅっと通り抜け
部屋の中にいる2人を捕まえる
「おら。そろそろ、お帰りの時刻だぞ。美味しいジュースを飲ませてもらって
満足だろ?お姉さんにきちんと挨拶するんだ」
「うん。ももちゃん、どうもありがとう!」
「ジュース、ごちそうさま。ももちゃん」
男性に促され、ペコリとお辞儀して手を振る2人
「いいえ。こちらこそ、楽しい時間をありがとう♪
また、いつでも遊びに来てね♪」
男性に引き連れられていく2人を見送ると、早速、エレベーターを降りて
レコーディングスタジオに向かう百花
住人のいなくなった12階の部屋に、ふっと現れる先程の男性
窓際に近寄ると、これまでオーラを消し、ベランダに身を隠していた存在に
そっと声をかける
「おい。お前はどうするんだ?」
「………」
返事のない事は百も承知だ
特殊な事情に精通している百花や、あるいは魔界を熟知している花でさえ
その存在に気づかないほど完璧にオーラを消し去るほどの強い存在
男は、魔力でその姿を捉える
「どうした。なにか、気になる事でもあるのか?」
彼女は、12階のベランダから、何かをじっと見据えていた
「まあ、いいさ。さすがにお前は子供じゃないんだ。
何処で何をしようが、お前の自由だからな。」
「…!…/////」
男性の言葉に、一瞬視線を泳がせたような気がした
だがすぐに元の表情に戻り、代わりに懐かしい、彼女の声が聞こえてきた
『情報局長官ともあろう御方が、情状酌量など軽々しく言ってはいけないわ。
時間が過ぎれば、私は消滅する。それまでに、間に合えば良いけど…』
「…必ず時間内に、また戻って来いよ。
お前の事は、ずっと忘れない。俺もあいつも、ずっと待ってるからな」
『さあ…気が向いたらね♪』
ざっと風が吹き、今度こそ、その存在は立ち去った
「…ふうん…やけに執着するんだな。…しょうがねえなあ…ったく」
残念ながら、俺も馬鹿ではない
彼女が見つめていた視線の先を、精査する
(…なるほどね…)
自らの呪縛を解いてまで、動き出した意味は、やはり彼女らしいとしか
言いようがない。お前ってほんと…
透視しながら、彼女の目的とその先の魂胆まで容易に辿り着く
(…分かったよ。お前の思うようにやって来い。必ず連れ戻してやるから…)
軍帽を被り直し、部屋から出ていくウエスターレン
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