top of page

Ⅱ マニュアルを作る

  • 執筆者の写真: RICOH RICOH
    RICOH RICOH
  • 20 時間前
  • 読了時間: 6分

あらゆる人間の行動を予測して、数パターンの道筋を作る

 

物事のはじまりに、誰かがやらねばならない仕事だ

大多数の一般人は、出来上がったマニュアルを模倣し

各々が準えて組み替えれば良い

 

だが人間は、間違える生き物

市場で有効活用させる為には、極力オートマチックに

作り上げる事が肝心だ

 

壮大なプロジェクトには違いないが、すでに大半は出来上がっており

最後のオートマチック化に変容させるための細かい数式を当てはめていくのが

今春、新卒採用された小田稀依《おだきい》の仕事だ

 

「…う~ん…」

 

細かい文字を幾千も操りながら、

ようやく、いくつかのボックスを作り上げるところまで辿り着いた

 

両腕を伸ばし、ストレッチをする稀依

 

難解な作業だが、単純なデータ入力に比べ

過密な締め切りに追われる事もない

そもそも、発注される機会すら、そこまで多いわけではない

 

業務の特性上、手を動かす時間よりも、頭で考え込む時間の方が

圧倒的に多く、かなり自由な勤務スタイルでも許される

 

伸ばした手の先にある、卓上カレンダーが視界に入る

 

(/////)

 


 

匡輝と約束した日まで、あとわずかだ

それまでに、このタスクは仕上げてしまいたいな…

 

大きく息を吐いて立ち上がり、ホワイトボードに並んだ

ネームプレートを裏返す

 

「休憩に行ってきます」

 

本来、自由な職場では、そんな声掛けすら不要だ

だが新卒で入社したばかりの稀依にとって、その匙加減は

未だに難しい。

 

最初はトイレに行くタイミングすら分からず、

先輩の女性にこっそりと尋ねたくらいだ

 

「はーい。稀依ちゃん、お土産にチョコチップね」

 

最初に声をかけた女性は、何かと反応を示してくれるが

奥に居る男性とは、いまだに会話したことすらない

 

稀依はドアを開けると内廊下を進み、エレベーターに乗り込む

 

(今なら…作楽さんにも会えるかしら)

 

スマホを確認しつつ、いつものカフェに向かった

 

作楽は、稀依が大学を卒業する間際、

今の会社に入社するまでのモラトリアム期間に

アルバイトしていた異次元コミュニケーションズの元同僚だ

 

稀依がバイトを辞めた後、彼女も別の場所に転職したと聞いている

詳しくは分からないのだが、特に約束してなくても1階のカフェに行けば

会えることもある。プライベートの事も気兼ねなく相談できる大切な友人だ

 

 


 

「ふぅ~…」

 

タンブラーの吸い口をふうふうさせながら

コーヒーをこくっと飲んで、深い息を吐く稀依

 

「仕事…まだ忙しい?」

 

隣で眺める作楽は、彼女の時間を邪魔しないよう

周りの風景に溶け込むように、終始、穏やかだ

 

「ああ、いえ…構築させる作業は終わっているので

あとは処理するだけです。もうひと山超えれば…ってとこかな」

 

それを聞いて、作楽はやはり微笑むだけだ

 

「作楽さん…」

 

「ん?」

 

「作楽さんって、いつも物静かで優しくて…

それでいて、仕事もできて、家族思いだし…」

 

「…え…え?ちょっと…稀依ちゃん?」

 

急に振り向いたと思ったら、今度は突然、褒め殺しのように

思いつくまま羅列していく稀依に、作楽は面食らう

 

「…どうした?」

 

「私の目標は、やっぱり作楽さんだな♪」

ひとり、満足そうに頷いて、コーヒーを飲み続ける稀依

 

「はあ…?…よく分かんないけど。しかもそれってどうなんだろ(苦笑)」

呆気に取られながらも、言わんとしている事を理解し、苦笑するしかない作楽

 


 

少し前の事である

 

職場の人間の不幸があり、会社の一員として、稀依も葬儀に参列していた

 

そういう場になると、女性は皆、細々とした事務手続きや

来場者へのお茶出しなど、あらゆることに気を配り、率先して

自らの役割を果たそうと躍起になる

 

同僚の奥様は地味な装いで、愛する家族の死を哀しむ暇もなく

葬儀会社との打ち合わせや、会社の女性陣たちへの対応に追われていた

 

会場に着くや否や、稀依と同期入社の女性が

さっそく女性陣の中に加わる

 

稀依と先輩の女性は、スタッフに誘導されながら

同じ部署の人たちと一緒に居た。もちろん、手が足りずに

困ってることがあるなら、手伝うことに躊躇いはない

だが、今のところ、すべてに手は足りており、順調なように見えた

 

そんな中、同期入社の女性が、いかにも慌ただしい素振りで

「はい。お茶をお持ちしました~…」

と、湯飲みを乗せたお盆を抱えて、嬉々としながら戻ってきた

 

そういうのを見ると、稀依も、落ち着いて座っていられず

「ごめんね、私もなにか…」

と立ち上がろうとした

 

その時だった

 

「やめなさい」

 

え…

 

斜向かいに座った男性からの思わぬ言葉に、稀依は固まった

 


 

職場では、これまでひと言も会話した事すらなく

どんな人なのか、知る機会がなかったが

 

―技術力で、彼に敵う人は居ない―

 

そんな噂を耳にしたことがある

実際に、職人気質なタイプだ

 

そんな彼の言葉に、稀依は戸惑う

 

「世の中には、ああやって必要以上に動き回る事で

存在価値を猛アピールしようとする人がいる。とくに、女性には多いね。

中には、そんな事で序列を作りたがる者すらいるようだけれど…

そんな事、誰も頼んでいないのに。そして、そういう事を

男性が何も知らずに喜んでいると思っている」

 

「…」

 

「彼女たちはああやって、躍起になることで

実は自分の価値をものすごく下げている事に気が付いてない。

実際、貴女と同期の彼女は、いまだに責任ある仕事を任されていないでしょ?」

 

「…確かに…」

 

実際、同期入社の中で、なにも仕事を任されていないのは彼女だけだった

入社早々、業務の根幹を担っていると言える稀依とは雲泥の差で

同期組の中でも噂される程だった

 

「中にはね、本来の役割である業務を棚に上げて

そればっかりになる人もいるんだよ。ま、大抵、長続きせずに

辞めていくけどね。」

 

「…あ、まあ…確かに…」

 

男性の言葉を、自身の肌感覚で理解していく稀依



 

「貴女は、周囲の空気を読めずに何もしないでふんぞり返るような、

そんな人ではない。それは、普段の貴女を見ていれば分かるものです。

貴女の価値は、そんな事ではない。軽々しく貴女の品位を下げてはいけないよ。」

 

そういえば、先輩の女性は、なにも気にする事もなく

静かにお茶を飲んで佇んでいるだけだ

 

「それにね。誰かをもてなすなら、

それは貴女の恋人にしてあげたらいい」

 

「!…え…/////」

 

「いるんでしょ?誰か…大切に想っている相手が」

 

そう言ってニヤッと笑う男性社員の言葉に戸惑い、

完全にきっかけを失った稀依は、結局立ち上がる事もできず、

むしろ、他の男性社員にお茶を勧められ、断る事も出来ずに

その場を乗り切るしかなかった

 

…………

 

「(笑)…なるほどねえ」

 

話の顛末を聞いた作楽は楽しそうに笑う

 

「それから、色んな事を考えるようになっちゃって」

 

仕事を持つ女、家庭内に留まる女

キャリアを持つ女、事務・受付で終わる女

 

それぞれにある、良い面、悪い面

 

で、ふと、気が付いたのだ

そのすべてを兼ね揃えているのが、作楽だと…


 

「空気の読めない無能な女、と言われるのは嫌だけど

その為に本来の役割を放棄するのは違うと思うし

じゃあ、私の役割ってなんだろうって」

 

「…何も諦めず、すべてをモノにする?」

 

「!…あ、たしかに…でも、いつも余裕があって

穏やかなんですよね…それが凄いです。作楽さんのように

なりたいな。」

 

将来を見据え、なにかを真剣に考えているのだろう

そんな時期が、私にもあったかな…

 

「…彼とはその後、うまくいってるみたいね?」

 

「!…え、あ、う、うん/////」

 

 

急にしおらしくなり、俯く稀依を

楽し気に観察し続ける作楽

 

 

最新記事

すべて表示
Ⅵ さくらの水平線

乱反射する光を受けて、さざ波のように沸き起こる拍手 水面に浮かぶ観客たちの歓喜の声に 歌い終えた白百合は桃のような薄ピンク色に頬を染め 恭しくお辞儀をする 傍らには、見守っていた王子が、近くにいた者たちから 喝采され、賞賛の渦にいる 傍らには、ひっそりとお忍びで訪れた 可憐な花と美しき王子が、観客に紛れ、穏やかに微笑んでいる 勿忘草、桔梗…… 光の影となる一帯は、主役の座を奪わ

 
 
 
Ⅴ コンサートホール

受付 もぎりした半券の整理をしつつ、来場者にパンフレットを手渡しながら 人の流れを捌いて行く ブースの奥には、贈られた祝い花が優雅に飾られている 魔界貴族や匡輝、倉橋勇など、錚々たるメンバーの名前 (…新人ちゃんの割に……すごいねえ) 「桜介。受付ご苦労。」 振り向くと、光プロダクションの会長夫婦が立っていた 「…あ、光さん。いえいえ、こちらこそ いつも声をかけてく

 
 
 
Ⅳ 仮想敵??

その者は、社会のルールを逸脱するどころか 常日頃から自分の殻に閉じこもり、自分以外の一切を遮断する 意のままにならない相手に出くわした場合 それまでの自らの所業など一切省みる事なく いかにも理路整然に、声高に咆えたかと思えば 全てを締め出し、また自分ひとりの世界に閉じこもる いつも同じ普段着で、化粧はほとんどしたことがない 認知症のケがある親の面倒を見ながら 掃除、洗濯など家事をこなす 苦

 
 
 

コメント

コメントが読み込まれませんでした。
技術的な問題があったようです。お手数ですが、再度接続するか、ページを再読み込みしてださい。
丸太小屋の階段を降りると辿り着く桜の木
bottom of page