Ⅰ メアリと亮
- RICOH RICOH
- 1月1日
- 読了時間: 5分
ドラマの撮影現場にて
それぞれのシーンの段取り、細かい動きの打ち合わせ
監督や現場スタッフ、カメラの位置など、確認事項は満載だ
より効果的に魅せるための様々な技術は
日頃、ステージを構築させている亮にとっても学ぶことが多く
ひとつひとつの目的を理解しながら、共に作品を作り上げるカンパニーとして
意欲的な姿勢で臨んでいる
時にはジョークも織り交ぜながら場を和ませる亮のトーク力も相まって
周囲も自然と心を許し、和気藹々とした雰囲気になっていく
そんな亮に、寄せられる様々な声
元々、魔界貴族のファンだった、と言う者もいれば
亮個人の魅力に惹かれ、もっと一緒に遊びたいと食事やカラオケに誘う者
そしていつかまた、共に仕事をしたいと伝えてくる者が
後を絶たないのだ
(…なるほど…これは、いつでも依頼が殺到し、多忙を極めるのも
納得だわ…)
亮の付き人という役割で傍に居るだけでも
多角的に様々な事を学んでいる百花は、改めて感心するのだ
やがて、メアリと絡みのシーンになる
事前の打ち合わせで、直接的な触れ合いはNGを出しているが
できるだけ女優の魅力を最大限に引き出せるよう、亮みずから
率先して、効果的な演出を持ちかける
そして、撮影本番…
「はい、スタンバイお願いします」
「おい、小物の位置、気をつけろ。衣装担当!メアリちゃんのヘア、直して!!」
様々な怒号が飛び交う中、所定の位置で向かい合う二人
「…よろしく。俳優は今回が初めてだが…お互い、良いものにしような」
「あ…はい。こちらこそ…」
侮蔑でも、卑屈でもない、まっすぐな視線で見つめられ
メアリは内心戸惑うが、表情には出さない
たった、数分間の芝居
それでも、役のキャラが完璧に憑依したかのような亮のしぐさ
普段、魔界貴族の金髪王子として孤高のオーラを鎧に纏う彼の
一転して穏やかで優しいまなざしに、身近にいる百花でさえ
うっとりとため息を漏らす
「はい、カットー!OK。場面転換―!」
セットから一定の距離を保った場所に設けられた
休憩スペースで、パイプ椅子に座り、ひと息つく亮に
紙コップのお茶を差し出す百花
「お疲れ様です!流石ですねえ🎶」
「サンキューな。それと、先日のことも言い忘れてた。ありがとな」
イリュージョンのような不思議な夜のデート
あの日のことを言ってるのだろう
百花は嬉しそうに笑みを浮かべる
(…さっきのシーン、本当は誰を思い浮かべてたんですか?)
小声で囁き、イシシ…と笑う百花
「そうだなあ…手っ取り早い見本がいくらでもいるからな
あんた達や、光さん達や…(笑)」
台本を見ながら含み笑いをする亮は、傍目に見てもカッコいい
これから、その人気は不動のものとなり
より多くの称賛を集めることになるだろう
その信頼を裏切ることなく貫き通す姿勢に、百花も感服するばかりだ
そんな亮の、たったひとつの大切な宝は
決して多くを望まず、表舞台でスポットライトを浴びる事もなく
ひっそりと、尽きる事のない愛を注ぎ続けるのだ
柄にもなく、感極まりそうになっていると、ふと台本から視線をはずし
チラッと見遣る亮
衣裳チェンジを終えたメアリがぼんやりと佇んでいた
「…あ、メアリさん…お色直し完成ですね♪可愛い~(≧∇≦)」
亮の視線に合わせて百花も振り向き、周囲を探す
本来なら、彼女専用のスタッフがいるはずなのだが見当たらない
(…マネージャーが居ないわ…事務所と連絡でも取ってるのかしら)
気が付いたADが、慌てて声をかけてきた
「すみません…役者さんひとりでは危ないんで
相席させてもらえますか」
大型のカメラや照明、大道具のセッティングなど、
多くの人間が煩雑に動き回るスタジオでは
女優といえども小娘ひとりが不用意に立っているだけでも邪魔で
危険が伴うのだ
「もちろんです。メアリさん、どうぞお座りください。」
百花は慌てて立ち上がり、座っていたパイプ椅子を彼女に勧める
言われるがまま、おとなしく椅子に座るメアリは、人形のような表情で
先日、病院で出くわした彼女と印象がガラリと違うことに
違和感を覚えながら、お茶を差し出す百花
「作業中のセット内に入り込む馬鹿がいるか?」
遠慮のない亮の言葉にビクッとするメアリ
言葉とは裏腹に穏やかな表情でふっと笑みを浮かべる亮
「…出番はほんのわずかだが、長丁場だからな。
休める時は、気を抜く。プロとして正しい姿だが、もう少し周りを見ろよ」
「……」
思いがけない亮の言葉に戸惑いつつ、コクっと頷いて
メアリは俯いたままお茶を飲む
他人は苦手だった。とくに異性は嫌いだ
どんなに紳士風を気取っていても、ぶ厚い面の皮を剥がすと
メアリに対する侮蔑の視線、野蛮な獣のような浅ましさで
罵倒し、上から目線で命令してきて
荒らし放題に食い散らかして、放り出すだけなのだ
スタジオ入りしてから、自分に対して向ける亮の視線は
これまでのものとは異なり、単なる性欲を満たすための玩具ではなく
ひとりの人間として尊重し、同じプロの釜の飯を食う同士として
厳しい事も言うが、きちんとフォローもしてくれる
人形のような表情になるのは、意図的なものではなかった
亮の前に居る時だけ、メアリは女優ではなく、裏稼業を行う蜘蛛でもなく
あどけない少女になるのだ
確かな心地よさと、心許ない危うさ……
彼女を取り巻く世界の闇から抜け出す勇気には
まだほんの少し、満ち足りないのだが…
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